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2004年12月01日
『働くという選択肢』井上千子
平成16年7月1日の朝日新聞にこんな記事が載っていた。
「団塊世代の退職はマイナス面大?財総研が影響予測」
記事によると戦後47年〜49年生まれのべービーブーマー世代、いわゆる団塊の世代は人口の5%強を占め約700万人。彼らが仕事を辞めると10年後には労働力人口で130万人、実質国内総生産(GDP)で16兆円が失われるという。この額は1997年度の日本の社会保障費と同額である。
総務省の調べによると平成16年9月の段階で総人口における65歳以上人口は19.5パーセントに及んだ。これは総人口のほぼ5人に1人の割合となる。
AARP米国退職者協会(AMERICAN ASSOCIATION OF RETIRED PERSONS)の日本版、高齢者団体AARPの調査によれば65歳を過ぎても働きたいと答えた団塊の世代は8割に上るという。
また今後少子化の影響により高齢者労働への需要も高まることが予測される。2004年の6月には年金支給年齢65歳引き上げに伴い、65歳までの雇用継続を企業に義務付ける改正高齢者雇用安定法も成立し政府も高齢者労働を後押ししている。
この様に数の面から見てもベービーブーマーの定年退職による穴は大きい。定年後、働くという選択肢を選ぶ人々は今後も増えることが予想される。
〜お地蔵さんをめぐる旅〜
「東京の武蔵野市にあるシルバー人材センターには鉄クズから作ったお地蔵さんが売られていて、それが近所の受験生の間で人気があるそうです」。
大学の社会政策の授業でのこと。先生がシルバー人材センターについての説明をした時の雑談としてこのお地蔵さんの話をしたのだ。鉄クズという言わばゴミから信仰の対象であるお地蔵さんを作るとは。これは一歩間違えたら冒涜につながりそうな気もするがその発想がおもしろい。このような単純な理由から私は武蔵野市シルバー人材センターへ向かった。
JR三鷹駅から徒歩13分。武蔵野市市民文化会館の隣にシルバー人材センターはあった。60歳以上の人なら誰でも入会可能で現在の会員数は1242人。会員には一般の家庭から、あるいは武蔵野市から受託された臨時的・短期的な仕事が依頼される。
武蔵野市シルバー人材センターの特徴は他のシルバー人材センターと比べ、女性会員の数が多いこと。センター担当職員の岡野新一さんはこう分析する。
「武蔵野市は東京都の中でも福祉事業に力を入れていて充実しています。ですから市も女性の家事援助を推進しておりまして、その家事仕事を市がシルバー人材センターに依頼するケースが多い。家事仕事なら女性の方は家で慣れていますし、やりやすいということで女性の入会者数が多いのではないでしょうか」。実際、センターの事務所内にも多数の女性会員の方が働いていた。
早速取材のきっかけとなったお地蔵さんの話を聞いてみた。「大学の授業で武蔵野シルバー人材センターには鉄クズから作ったお地蔵さんがあって、それが受験生の間で人気だという話を聞いたのですが本当ですか?」
「お地蔵さん…?文鎮のことかな?」
岡野さんはそう言うと事務所の奥に引っ込み、別の職員の方を連れて戻ってきた。
「彼がリサイクル班担当職員の中村浩(こう)さんです。お地蔵さんのことは彼から聞いてください」。
武蔵野市シルバー人材センターはその仕事内容に合わせて植木班、家事援助班、施設管理班など15の班に分かれている。リサイクル班とはその班の一つで、お地蔵さん作りもリサイクル班の中で行なわれている事業である。リサイクル班の勤務時間は9時から15時までである。
「こちらへどうぞ」。リサイクル班の担当職員中村さんがお地蔵さんの作業場に案内してくれた。
お地蔵さんの作業場は家具の作業場のすみにあった。ガスコンロと商品を入れておく棚、それと机と椅子がそれぞれ一脚あるだけのこぢんまりとしたスペース。
「こちらがお地蔵さんを作ってらっしゃる夏原さんです」。
中村さんがそう紹介すると夏原さんは作業服の帽子をとり挨拶した。
夏原祥一さん69才。今月10月に70才のお誕生日を迎える。夏原さんはシルバー人材センターの仕事以外にも世界一周船旅で有名なピースボートで事務ボランティアをしている。今年の夏始めてピースボートに乗船し、乗船のきっかけとなった念願のモアイ像も目にすることができた。
「お地蔵さまたちはね、鉄で出来てるんじゃないの。市から引き取った鉛を使っているの。東京オリンピックの年まで武蔵野市は鉛でできた水道管を使っていたんだよ。今はビニールパイプになっちゃったけどね。それで古い家なんかを解体するとこういう古い鉛の水道管が出てくる。それを水道局からもらってきてリサイクルしているわけ」。
鉛は約550度で溶ける。そのため一般家庭で使用されているガスコンロを用いて鉛を溶かすのだ。溶かした鉛はすばやく砂で出来た型に流し込まれる。流し込んだ後は温度が冷えるまで数時間放置しておく。数時間後、型からはずす。
型からはずしたばかりのひょうたん文鎮を見せてもらった。
「ここにかすり傷みたいなのがあるでしょう。これバリっていうんだけど、これからこの傷をやすりで削っていくのよ」。
バリとは型からはみ出た溶液が冷やし固まって出来る余計な部分で、工場で生産される鋳物は専用の機械で除去することが多い。夏原さんはそのバリを目の細かさが異なる棒状のやすり3本を用いて削りとるのである。
バリを取り除きなめらかにした後、カラースプレーで金や銀、黒など塗装する。塗料が完全に乾いたら今度は色づけを行なう。たぬきの文鎮なら目、鼻、口、などに色付けを行なうのである。夏原さんは筆を持つと手先が震えてしまうため現在この作業は他の会員に任せている。
文鎮の値段は1個300円から500円。
夏原さんいわく「手間がかかるわりには採算が全然あわない。だからこれはリサイクル品の宣伝としてセンターがやっているもの」だそうだ。
問題のお地蔵さんの文鎮は一個400円。高さ6cm、重さ260g。夏原さんはこのお地蔵さんの文鎮にたぬきの文鎮もつけて私にプレゼントしてくれた。(作業の大変さを知っている分、もらうわけにはいかないと私も一応財布を出したのだが夏原さんは笑って制止したのだ。念のため。)
実際にお地蔵さんを目の前にして先生が授業中言っていたことと異なる点が多々わかった。まずお地蔵さんは文鎮であること、材料は鉄クズでなく鉛であること。そして最も私をがっかりさせたのはお地蔵さんが受験生の間で人気だという話は聞いたことがないということ。これはセンター会員7人とセンターの事業の一つ、小・中学生向けの補習教室の生徒さんに聞いても同じ答えであったため先生の話は信憑性が低いと言わざるを得ない。少なくとも“人気”ではなかった。お地蔵さんをめぐる旅はここで一応の決着をみることとなった。
〜自転車リサイクル〜
武蔵野市シルバー人材センターのリサイクル班ではお地蔵さん販売以外にも一般家庭などから無料で引き取った家具、食器、衣服などに手を加えて販売している。値段は元値の10分の1前後に設定されている。
「リサイクル班は武蔵野シルバーセンター創立とほぼ同時に開始されましたのでもう26年になります。仕事は一人当たり月10日前後働くように約30人の会員でローテーションを組んでいます。お給料は時給800円。ですから月の収入はだいたい4万円くらいです」。
リサイクル班担当職員の中村さんはそう説明しながら自転車リサイクルの作業場に案内してくれた。
「ここが自転車リサイクルの作業場です。この自転車、すべてもとは武蔵野市が駅前などで撤去した自転車です。その中で引き取り手の現れなかった自転車を一箇所にあつめて、その中から更に状態のよい自転車を厳選します」。
武蔵野シルバー人材センター以外にも、この撤去自転車のリサイクルで有名なシルバー人材センターがある。港区シルバー人材センターだ。NHKの朝のニュースなどメディアでも数多く取り上げられている。この自転車リサイクルの販売展示会が月1回行なわれていると聞き取材に出かけた。
会場は地下鉄虎ノ門駅から徒歩10分のところにある旧鞆(とも)絵(え)小学校。現在はエコプラザという名称に変っている。
朝10時、自転車販売会が開始する。この日の来客者は33人。対する自転車の数は26台であるため、購入希望者は抽選で決める。
自転車販売会の責任者で港区シルバー人材センターの会員、富田誠二さん(63歳)にお話をうかがった。富田さんは4年前にシルバー人材センターに入った。入会理由は早寝早起きという生活リズムを退職後も保つため。センターに入る前は自動車整備管理の仕事に35年間従事していた。
「小さい頃からプラモデルやらパズルやら何かいじっているのが好きだったんだ。そのせいで自動車に興味を持って整備の仕事に就いた。」
リサイクル自転車はどこから仕入れてくるのだろうか。
「港区撤去した自転車のうち持ち主が現れないものを集めて、その中から比較的きれいな自転車を引き取る。それを全部分解して悪い器具は取替え、きれいになるまで磨くんだよ。」
分解した自転車を再び組み立て直すにはかなりの労力を要する。9時から17時まで8時間働いてやっと一台仕上がるかどうかだそうだ。丁寧な仕事ゆえ持ちは良く、リサイクル品でも5〜6年はゆうに持つそうだ。
作業場を見せてもらった。エコプラザはもともと小学校であったため作業場も教室を利用している。黒板も掲示板もまだ残っている。
作業場の床には自転車の部品がそれぞれ1箇所にまとめられて整然と並べられていた。時間も労力もかかる手作業だ。富田さんがこの自転車リサイクルの仕事を依頼されたのも以前自動車整備管理という経験があったからだろう。
1996年、財団法人高齢者雇用開発協会が全国のシルバー人材センターの会員2152名にアンケートを行った。そして同じ内容のアンケートを今度は従業員500名以上の企業に勤める30歳台から60歳台のホワイトカラー従業員1151名を対象に行った。その結果の70%が現在(定年した方は以前)と同じ仕事を継続して行いたいと答えた。
富田さんの場合、定年後も自動車整備管理と同じような仕事に就けたという点で恵まれていたかもしれない。
9月3日の朝日新聞にこのような記事が掲載されていた。“営業のプロ限定 定年65歳”
記事の内容はこうだ。
「大和証券は営業専門職に限って、現在60歳の定年を最大65歳まで延長する方針を固めた。年内にも導入する。営業専門職は全社員全体の6分の1の約1千人。その半数を団塊の世代を中心とする50代が占め、営業専門職の稼ぎの7割超をあげている。この世代には成果主義のもとでバブル期に年収1億円を稼ぎ出した猛者も多く、まもなく定年を迎えると営業力の低下が避けられないと判断した」
他にも生活創造素材の総合専門店で知られる東急ハンズも専門知識を持った高齢者を積極的に採用している。
平成9年度の数字では技能社員245名のうち60歳以上は100名(男性91名・女性9名)、65歳以上は40名、70歳以上は13名となっている。
東急ハンズの接客には商品の専門知識が必要になるが、それも単なる趣味的な知識ではなく実務に裏打ちされた専門知識が要求される。そのため専門知識が豊富な高齢者を積極的に採用するかたちになるのである。
高齢者雇用開発協会が発行している『高齢者雇用の企業事例ベスト25』。この本1巻から9巻に紹介されている企業は200社以上に及ぶが、それによればその大半の企業は技術職や専門職の社員を雇用している。
富田さんのように技術職と専門職に就いていた人はその技能を定年後も生かせるような仕事に就ける可能性が高いのである。
〜高齢者労働のジレンマ〜
港区シルバー人材センターの富田さんのように技術職と専門職に就いていた人は定年後も同種の仕事に就ける可能性が高いことはわかった。
では一般企業に勤めるサラリーマンはどうなのだろうか。
「これはうちのセンターに限ったことではなく全国のシルバー人材センターの課題だと思うのですが、一般のサラリーマンをやっていた方にふさわしい仕事というのがあまりない。どうしても企業に勤めていた方は同じように企業で勤めたいとお考えになる方が多い。しかし今現在の経済状況では企業そのものが厳しいですから企業のニーズもない。サラリーマンとして企業で働いていらした方が今までの経験を生かすとなると、それしかやったことがない、あれしかやったことがないという風になる。このような方たちに対してどうするか。これからは団塊の世代の方々もセンターに入ってきて会員数も多くなるでしょうし、大切な課題です」。
これは前述の武蔵野市シルバー人材センター職員、岡野さんの発言である。以前と同じような事務職がしたい。しかし実際に需要として多いのはいわゆるブル—カラーの仕事ばかり。このジレンマをどのようにして克服すればよいのだろうか?
このジレンマを克服した方がいる。先に出てきたお地蔵さん作りをしている夏原祥一さんである。
以前お会いした港区シルバー人材センターの富田さんの経験から、そして夏原さんがお地蔵さん作りの工程を説明する際に発した “バリ”という専門用語から私はてっきり夏原さんも以前、現在と同じような技術職をしていた方だと思っていた。しかし夏原さんは以前、神田にある企業で財務会計をやっていた一般的なサラリーマンであったのだ。
夏原さんがシルバー人材センターに入会したのは今から9年前。60歳で定年退職をした。
「ローンも払い終わったし、何もしないでも3食食べていけるだけの貯金もある。お金が欲しいというより、仲間と触れ合ったり明日は働くんだぞ、あさっても働くんだぞっていう働く意欲を失いたくなかった」という理由で入会した。
センターに入会する時には入会申込書を提出する。そこには“希望する仕事”を記入する欄がある。夏原さんは当初、以前勤めていた会社と同じ事務職を希望した。
「だってそれしかやったことないでしょ。もの作るような仕事しろったってやったことないわけだし不安じゃない」。
これが夏原さんが以前と同種の仕事を希望した理由である。
夏原さんが以前従事していたのは財務会計という職種。そこで使用されていた仕事道具はペン、消しゴムといった筆記用具、パソコン、計算機などの事務機械、電話、FAXなど。現在はこれに携帯電話が加わるのであろう。このような仕事道具しか扱ってきたことがない人が、生産現場で必要となるカンナやトンカチといった大工道具、ビルメンテナンスで使用される清掃機械などを扱うことに不安を覚えるのは当然のことであろう。この不安を解消すべく設立された機関がある。
平成16年7月、東京都は飯田橋に都民の雇用・就職を支援するために東京しごとセンターを設立した。この東京しごとセンター内の関連機関に東京都立高齢者技術専門校がある。飯田橋にある東京しごとセンターのビルの10階から12階を学校として利用している。技術専門学校は都内に数多くあるが、高齢者専門の技術学校はここだけである。この技術専門学校では即戦力となる職業人を養成するため、専門にあわせた技術を教えている。昼間部と夜間部に分かれ、学べる専門分野はビル管理、インテリアリフォーム、不動産調査など約11種類にわたる。授業は半年で終了する。授業終了後はそれぞれ就職活動を行うという。
〜同種同社で〜
では技術を身につければ問題解決かというとそうでもなさそうである。
高齢者雇用開発協会が定年後どこでどのような仕事に就きたいか行ったアンケートがある。
・現在の会社で今の仕事を続けたいと答えた人たちは59.1%
・現在の会社で違った仕事をしたいと答えた人たちは11.5%
・現在の会社ならどんなことでもやると答えた人たちは7%
・現在の仕事なら他の会社でもよいと答えた人たちは7.3%
・違う会社で新しい仕事をしたいと答えた人たちは5.7%
・転職するか検討中と答えた人たちは3.6%
・無回答の人たちは5.8%
この結果から見ると多くの人が定年後、同種の仕事かつ同じ会社を望んでいる事がわかる。
同じ会社を希望する理由は何か。ホワイトカラーという職種の特徴から考えてみる。
岸本英太郎氏の『現代のホワイトカラー』ミネルヴァ書房によるとホワイトカラーという言葉の定義は以下のようになる。
・自らは生産手段を所有しない
・雇用されて労働力を商品として売り渡している
・その代価としてのサラリーを受けている
・非筋肉労働にたずさわっている
以上の者である。これは言い換えるとサラリーマンという日本的な言葉になる。
ホワイトカラーの発生起源を簡単に説明するとこうなる。
19世紀末のアメリカでは資本主義的利潤追求が盛んに行なわれていた。この目的のもと人々はより合理的かつ能率的に労働者を管理する方法を模索していた。そこで登場したのが「産業(さんぎょう)官僚制(かんりょうせい)」である。この特徴は規則によって職務内容が分けられ、それぞれ専門化し、その職位によって階層制が構成される点である。産業官僚制により売り場監督、事務管理者、職長などの事務従事者が必要とされるようになり、これにより事務職にたずさわるホワイトカラーが増大したと言われている。すなわちホワイトカラーとは組織人間であるのだ。
さらに日本の場合は欧米と比べるとこの組織人間の度合いが強い、会社に対する帰属意識が強いと言われている。その理由として充実した福利厚生制度、退職金制度、年功序列型賃金制度などが挙げられる。
しかし最近はバブル崩壊以降、年功序列型賃金制度も見直しが進められ年俸制などの実力主義賃金制度を導入する企業も増えてきている。次世代の高齢者労働を担う団塊の世代の場合、この年功序列型賃金制の恩恵を彼ら以上の世代より受けられない人たちもおり、これらの影響により今後はこの組織人間度合が低下する可能性もある。
とは言え現在の日本では未だにこの帰属意識は根強い。「うちの会社では…」といった言い方や胸元に光る自社のバッジはそれを示している。
このように多くの人が定年後も同じ会社を希望する理由はホワイトカラーの特徴である組織人間と帰属意識の高さにあるのだ。
〜組織人間の弊害〜
「企業の退職者がキャリアを生かして再就職する場合、そのプライドが災いして失敗するケースがままあるという」。
これは雑誌『エルダー』の平成6年度5月号に掲載されていた記事である。
果たして本当なのだろうか。先ほどの夏原さんに聞いてみた。
「たまに見かけるよ。自分は○○大卒だとか大企業の専務をやってたとか前の経歴をしょって立ってセンターに来る人」。企業退職者が持つプライド、その理由は何なのだろうか。
尾高邦雄氏は『日本的経営』中公新書の中で「職業は一面では人間の生計維持の手段であるが、他面でそれは、人間の社会的役割の遂行である」と述べている。現代社会では個人がその職業や職位によって評価されるケースがよくある。
早稲田大学政治経済学部用サイト(http://www.konpeki.com/seikei/)
のBBSにこんなスレッドがたっていた。
「2005年度文系就職偏差値」。
偏差値76に 経済産業省 財務省
75 外務省 日本銀行
74 警察庁 総務省 金融庁 Goldman Sachs Morgan Stanley Boston Consulting Group
73 国土交通省 厚生労働省 Deutsche Bank JP Morgan Chase McKinsey&Company
以下偏差値62まで官公庁名や企業名が書き連ねてあった。
自らが勤務する企業、官公庁の名前や役職がそのまま彼らの社会的地位のシンボルとなり、それによって自分の評価が上がったり下がったりする。それを偏差値という基準値で指し示しているのである。そして成績を判断するための一般的尺度である偏差値を基準値に持ってくるあたりが日本の学歴社会の構造を彷彿させる。すなわち学歴によって、職業選択、給与体系、出世速度などが左右され、さらにそれらの要素によって自分の社会的評価が決定するという構造である。このような経過を経てホワイトカラーの人々は自らの社会的地位を構築してゆき、そしてその勤務する企業、官公庁はそのまま自分たちの社会的地位につながってゆくのである。企業退職者が持つプライドとは以前勤務していた企業によって生み出されていたこの社会的地位に対するプライドであったのだ。
このプライドが弊害をもたらす。
「○○大卒だとか大企業の専務をやってたとか前歴をしょって立ってセンターに来る人は実務で先輩に注意を受けても素直になれなくてつっぱねてしまう人が多いね。シルバー人材センターの標語は共助共同だから。それが出来ないと人間関係うまくいかなくて、結局すぐやめちゃう。前は大企業の専務だったって言っても今はみんな同じ平等の立場であることが受け入れられないんだよね」。こう答えるのは先の夏原さんである。
〜スイッチの切り替え〜
夏原さんも一般企業からの退職者である。退職して再就職する時にプライドが邪魔するといったことはなかったのだろうか。
「僕の場合はスイッチの切り替えができたからね。初めは前の仕事にこだわっていたけど、それって言うのは受身の態勢だって思ったの。前の仕事にこだわるのは新しい仕事に挑戦する気持ちがないからでしょう。それに仕事は自分からとるというよりは仕事が入ってくるのを待つだけの受身の態勢でもあるわけだし。それじゃダメだと頭のスイッチを切り替えたんだ」。
他にもスイッチの切り替えに成功した方がいる。杉崎完夫さん76歳。杉崎さんも以前は一般的なサラリーマンであった。某メーカー勤務後58歳でヘットハンティングされ商社へ。主に欧米を中心とした海外業務に携わり68歳で退職した。
定年後、杉崎さんは奥さんからこう告げられる。「これからはずっとは家にいてはいけない。何でもいいからとにかく外に出でほしい」。その理由は杉崎さんが一日中家にいると奥さんの生活リズムが崩れるからだそうだ。
奥さんに言われてすぐ杉崎さんは武蔵野国際交流協会(MIA)で日本語交流員資格を取得。シルバー人材センターの仕事と平行して、日本語教師として武蔵野市在住の外国人の方に日本語や日本文化を教えている。
シルバー人材センターに入るきっかけは杉崎さんがその日本語交流員資格の勉強に励んでいる最中であった。早稲田大学卒業生の集まりである稲門会。杉崎さんは武蔵野稲門会の会長を務めており、そのため市に約60人の後輩がいた。その後輩の1人からシルバー人材センターに誘われたのだ。
「後輩から頼まれて引き受けたんだよ」。
杉崎さんは現在土日を含む週2日、武蔵野市の小学校開放施設の管理を行なっている。
商社の仕事と現在の施設管理の仕事、異なる仕事をすることに抵抗はなかったのだろうか。
「抵抗なんてもんじゃないよ。でも女房に家にいるなって言われたからやったけどね。今の管理の仕事は朝起きて鍵を開けて掃除して、帰りにまた鍵をかけるのが主な仕事だから空き時間に時々日本語教師の勉強をしたりしているよ」。
抵抗はあったようだ。しかし杉崎さんはそれをたいして気に留めていない様子である。その理由は杉崎さんの手帳にヒントがあるように思う。
ドーナツショップでもらったというカラフルな手帳には12月中旬まで予定がびっしり埋まっていた。1週間のだいたいの予定は武蔵野国際交流協会のボランティアと武蔵野稲門会、杉崎さんの出身高校の同窓会会長そして週2日のシルバー人材センターの仕事で埋まる。特に忙しくしているわけではない。必然的にそうなるのである。
先の夏原さんも杉崎さんと同様、ピースボートのボランティアや他の武蔵野市の施設でボランティアを行っていた。お二人の共通点は会社以外にも社会につながりを持っているという点である。会社以外の所に帰属意識を持っているか否かがスイッチの切り替えの重要な要素であるのではないだろうか。
〜“金時持ち”〜
「先端意識が強く、新しいことに貪欲」。現在の50代〜60代のシニアをこう評するのは博報堂エルダービジネス推進室担当者である。現代のシニア世代は先の夏原さん、杉崎さん同様仕事以外の面でも積極的に活動しようとする。
ソニーコンピューターエンターティメントが団塊世代以上に向けて始めたテレビゲーム講座「諸君、ゲームやろうぜ!」。この講座ではシニア向けに「囲碁」や「ゴルフ」などのソフトを使い、コントローラーやソフトの出し入れまでテレビゲームのいろはを指導している。同社の主力商品プレイステーションの世代普及率は3割を超え既に飽和状態に達している。そこでこれまでターゲットに入っていなかった50〜60代に目をつけた訳である。他にも旅行会社のJALは熟年向け商品を研究する「熟年project」を結成し、「ゆとり世代のはじめて〜」シリーズを設定した。これはシニア世代に人気の美術、建築、絵画などをテーマとした旅行プランになっている。
先ほどの博報堂エルダービジネス推進室担当者はこう語る。「団塊の世代はお金も時間もある“金時持ち”」。いかに“金時持ち”の財布のひもを緩ませるか。これが現在の市場の課題となっている。
〜反高齢者労働〜
需要もある、意欲もある、そのうえ金も時間もある。そんな高齢者の労働に反対する意見があるのも事実である。
労働者が65歳まで働ける「継続雇用制度」を2013年までに企業に義務付けるという国の方針。これは定年後60歳から65歳までの無収入の5年間に国が払うべき年金を企業側に回しているにすぎないと言った意見。
ベテラン高齢者1人分の人件費で平均2〜3人の新入社員が新規採用可能で、高齢者の継続雇用は若者の新規採用機会を奪うことになる、といった意見。
単純な高齢者の継続採用は人材のミスマッチを招き企業の生産性を低下させるという意見。
天下りが横行するのではないかといった意見などなど。
その中でも根強い意見として挙げられるのが、老人は不似合いなことをせず引退するのが良いという年寄りの冷や水的意見である。
2004年9月14日、読売新聞の記事。
“進まぬ高齢者雇用 法も逆効果 根強い年齢差別”
記事によると高齢者労働促進のためアメリカの年齢差別禁止法(40歳以上の労働者について、年齢を理由に解雇や採用や昇進での差別を法律で禁止したもの)に倣い、同内容の法律制定を日本でも検討中であるという。しかしある大学院の授業で「扱いづらい」、「弱弱しい」、「早く引退すればいいのに…」といった高齢者への年齢差別が根強いことが明らかになった。
これに対して雇用における年齢差別撤廃へ向けた特定非営利活動法人、年齢差別を失くす会はこう答えている。「年齢差別撤廃運動の目的は、年齢に関係なく、何度でも再チャレンジ(やり直し)が出来る社会を創造することです」。平成15年日本人の平均寿命は男性が78.36年、女性が85.33年。人生80年の時代である。60歳あるいは65歳からの新たなチャレンジを“年寄り”の冷や水と揶揄する時代が終焉を迎える日は近いのではないだろうか。
**参考文献**
・岸本英太郎『現代のホワイトカラー』ミネルヴァ書房
・石川弘義、宇治川誠『日本のホワイトカラー』日本生産性本部
・C・ライト・ミルズ 杉政孝訳『ホワイトカラー 中流階級の生活探求』東京創元社
・尾高 邦雄『日本的経営—その神話と現実』中公新書
・朝日新聞社『AERA臨時増刊 Mature』
・田尾雅夫、高木浩人、石田正浩、益田圭『高齢者就労の社会心理学』ナカニシヤ出版
・高齢者雇用開発協会『企業事例ベスト25』Ⅰ〜Ⅷ
・高齢者雇用開発協会『エルダー』平成6年5月号
投稿者 井上 : 2004年12月01日 00:00