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2005年01月17日
『国民と共に歩みたい党、共産党』河合顕子
「自民敗北、改選数割る」、「民主躍進、自民上回る」
「年金制度改革とイラクでの自衛隊の多国籍軍参加を2大争点とする第20回参議院選挙が11日投開票された。自民党は目標の改選51議席(欠員の鹿児島選挙区を含む)を割り込み敗北したが、小泉首相は同日夜、衆参両院での与党の過半数維持を理由に続投の考えを明言した。ただ、年金とイラクという政権の「実績」に対する批判票が噴出し、民主党は改選議席から大幅に上積みして50議席台に乗せて躍進。獲得議数で自民党を上回った。改選議席の獲得数で野党が「第1党」となったのは、89年の社会党(当時)以来」
(7月12日 朝日新聞朝刊一面)
2004年7月の参議院議員選挙で、自民党が敗北して民主党が躍進したとなっているが、敗北したのは共産党である。大惨敗した共産党の票が民主党に流れたということだ。昨年、民主党に自由党が合流したので、その分が増えるのは当たり前とも言える。マスコミ報道が偏向していて、あたかも小泉批判の大合唱が起こったかのように報道されていたが、実際には共産党に嵐が吹き荒れていただけだった。
今回の参議院選挙で日本共産党は、昨年の総裁選での後退をうけて、比例代表選挙では5議席の獲得、選挙区選挙では7つの現職区での議席確保への挑戦、そのために総選挙を起点として得票を133%以上にするという目標を持って戦った。選挙の結果は、比例代表選挙で4議席にとどまり、選挙区では現有議席を失うものとなった。
選挙後、日本共産党の志位和夫委員長は、敗戦原因を「二大政党化の流れの中で、票が一時的に民主党に流れた」と語った。しかし、本当に<一時的>なのだろうか。
今回の参議院議員選挙で共産党が大幅に議席を減らした原因は、志位委員長も指摘するように、票が一時的に民主党に流れたからだと思うか。
1、 思う…24名
2、 思わない…67名
3、 わからない…19名
これは、私が8月~9月にかけて120名を対象にとったアンケート(*)の結果である。さらに、「1、思う」と答えた方に「この落ち込みは回復可能であると思うか」と聞いた。これに対して、「可能である」と答えた方は、3割弱に留まった。
詳しく見てみよう。最初の問いでは、「思わない」が「思う」の3倍近くであるが、これを学生と社会人に分けて見ると、実は学生では両者とも差はない(「思う」10、「思わない」12)。差が出たのは社会人の方で、「思わない」が「思う」の5倍近くを占める(「思う」14、「思わない」55)。また、「思う」と答えた方の意見は、「二大政党化の流れの中で、自民党の一人勝ちを好まない人が民主党に投票した」など「二大政党」がキーワードになっており、それをマスコミが手伝っているという解釈が主であった。一方、「思わない」と答えた方のは、「共産党=共産主義という言葉が時代遅れと感じている人が多いのでは」、「共産主義の時代は終わった」という「共産主義」という言葉に関する意見から、「政策に期待が持てない」、「世論を無視した見解を通そうとしてきたから」、「現実から目をそらしすぎている」、「彼らは世の中の流れをわかっていない」など中身に関する意見、さらには「そのような発想しかできない指導性のない党になった」と、志位委員長の発言そのものを批判する意見も見られた。特に「世論を無視した見解を通そうとしてきたから」という意見は、自民党政治を国民を無視した大企業政治と批判し、自らは国民とともに幸せを生み出す党と名乗る日本共産党には痛いものではないか。
キーワード1「イメージ」
今回の選挙前、私は友達に「今回の選挙で共産党に入れようと思ってる」と言ったら変な顔をされた。また、別の友達は私に「実は共産党を応援してるんだけど、あんまり人には言えないんだよね」と言っていた。さらには、『何かちょっとこれ違うんじゃないかなどと発言でもしたら、おまえは共産党か、こんなものはとんでもないということで外されちゃう』(河村たかし『国破れて議員あり』徳間書房2004)というように否定ことばとしても確立されている「共産党」。
日本共産党の現役国会議員たちは、なぜそんな共産党に入ったのだろうか。入党時、彼らの目に共産党はどのように映っていたのだろうか。40代、50代、60代と、3名の議員に話を伺った。
■「お前がたまねぎを嫌いなように、母さんは共産党が嫌いなんだ」
学生時代、母親に猛反対されながらも日本共産党に入党した塩川鉄也衆議院議員(42歳)は、東京都立大学時代、民青同盟というサークルで日本共産党に出会い、入党するに至るが、それ以前は共産党というものをまったく知らなかったという。
「うちは埼玉の農家だったんだけど、近所で共産党っていう人は僕自身知らなかったし、直接出会うきっかけもなかった、だからイメージもなかったんだよね。そしたらさ、やっぱ親のほうにいろんなイメージがあって、民青とか共産党の話をすると、『おまえはだまされてるんだ』って言うんだよね。どんなに説明しても、『これは理屈じゃないんだ』って」。そこに飛び出したのが、たまねぎ発言だった。
「古くからそういうイメージっていうのが作られてるな、本当の姿が伝わると違うんだろうなとそのときは思ったよね」
塩川氏は、1981年に入党した。当時は、共産党に対するさまざまな偏見もあったが今ほどでもなく、また、支持が高まった1990年代後半の前だったため期待が大きいわけでもない、いわく「ひどくも、もてはやされているわけでもなかった」時期だ。当時、アメリカの軍艦によって日本に核兵器が持ち込まれるというのが大問題になっていた。平和に関心があった塩川氏は、非核三原則があるのにどうして核兵器が持ち込まれるのか、そういうのはよくないと思っていたが、同時に自分一人いったってどうせ変わらないしなという気持ちもあった。そのとき先輩が、何で持ち込まれるかその背景を教えてくれた。自分一人いったって世の中かわらないじゃなくて、同じように思ってる人がいっぱいいるんじゃないのか。署名なんかをやるとたくさんの人が協力をしてくれる。そういうのを通じて、みんなに声をかけないといけないな、一歩ふみださないといけないなと思ったそうだ。
「生き方の問題だよね。おかしいんだったらものを言うし、同じことを思ってるなら力を合わせて世の中をよくしていこう。現場でそういう姿をみていいと思った」
生き方の問題。同じくこう答えたのは、ブタのおきもの収集が趣味の緒方靖夫参議院議員(56歳)だ。
「もう少し上の世代はかっこいいというか流行のようなものがあったんですね、でも僕のときはそういうはなくて、かっこいいかっこ悪いではなくて自分の生き方の問題で、自分は共産党で行こうと思ったんですね。大学1年生のときだったかな。日本はどういう社会であるべきかと考えたことがあって、具体的には国民の暮らしがもっと豊かになるにはということや、平和のことですね。当時はベトナム戦争が激化してきた時期でベトナム問題を考えることが多かったかな。とにかくかっこいいということはなかったです、共産党に入ると就職が大変だ、大企業に入りにくとみんないっていましたよね、差別感はある意味今よりも強い時期だったと思います。だから、圧力に抗して入ったってことです」。
では、共産党=かっこいいと言われていた世代である、党書記長・市田忠義参議院議員(61歳)はどうか。やはり、当時の市田氏の目に、共産党はかっこよく映っていたのだろうか。
「かっこいいっていうか・・・、ま、ま、そんな感じやね」。市田氏は、私心なく世のため人のため、正しいと思うところに突き進む姿に感動して、あんな生き方がしてみたいという憧れから入党したという。昭和17年生まれの市田氏は、3年間の戦争経験があり、戦争で8人兄弟のうち4人を亡くしている。「あの時代に戦争反対なんていわれたら投獄、場合によっては殺された、そんな中で『侵略戦争は間違っている、天皇が主役なのではなく国民一人ひとりが主人公、主権在民だ』と主張し続けた党があったと知ったときは驚きだったし、憲法にも恒久平和主権在民と明記されたわけで、戦前のそういう戦いが今の時代に息づいていることがわかる、そういう正義の旗を掲げて頑張るのは名誉あることだな」。また、共産党を応援してはいるんだけどあんまり人には言えないんだよねという友達には「気持ちはよ-くわかります。でも、悪いことをしているわけではないので、自信を持ってください」、エールをくれた。
■二股公約疑惑
日本共産党の目指す「共産社会」とは、資本社会の問題解決後に現れる、理想社会(マルクスの理想)であって、ソ連や北朝鮮のそれとは違う。また、今すぐ実現しようとは思っているのではなく、あくまで理想としての活動である。
日本共産党調布狛江府中地区委員長の志摩和寿さんは共産党の目指す社会についてまずそう説明した上で、「共産党」という名前によるマイナスイメージの原因として、アカの延長というイメージの植え付けと、ソ連社会からの連想という二つを揚げた。
前出の緒方氏は、韓国で開催された学者の会・北東アジア知識人連団会議(NAIS)が「資本主義に変わる新しい体制ができあがる」という声明を出したことに触れ、「彼らはこれを社会主義とはいっていないが、かなり広範なコンセンサスとして資本社会は続かないということがあるのは事実なんです。日本共産党はそれが社会主義だと考えている。ただ、実際難しい問題として、社会主義といいますと一般的にはソ連が浮かんでしまう。でも、私たちはあれを社会主義だとは思っていない。今、社会主義を名乗っている中国もあれは社会主義にいたる前期段階であり、現実を指して『これが社会主義』といえる国はないんです」という。
また、志位委員長も著書の中で「旧ソ連というのは、看板は社会主義でも、中身はそれとはまったく異質の社会でした。私たちは94年の第20回党大会で、崩壊したソ連社会は、国際・国内の政治の分野で重大な誤りをおかしただけでなく、経済的な土台においても、社会主義とも、社会主義にむかう過渡期の社会とも、まったく縁のない、国民抑圧の社会だったという認識を、内外に明らかにしました」(志位和夫『民主日本への提案』新日本出版2000年)と述べている。
これらについて民主党・河村たかし衆議院議員は「二股公約だがや」と感想を述べた。「歴史的に言って、共産主義とはそれのことだで。計画経済、それが共産主義。名前はいっしょだけど中身は違いますではとおらんよ。違うと言うなら絶対名前を変えにゃかん。『修正資本主義政党』にせなかん。両方ええとことりたあもんで。昔の共産党支持者の票も欲しい、新しい票も欲しい。二股公約はだめ」。ちなみに「計画経済だと残念ながら人間は働かなくなる、これは歴史が示した。社長のやる気が世の中を変える」ということで、共産主義は間違っていると思っているそうだ。
この「二股」発言に腹を立てたのは、たまねぎ嫌いの塩川氏。「共産党が共産主義だから入った人はそんなに多くない。あの戦争に反対した党があったんだということ。あんな戦争はもう嫌だ、その思いを叶えてくれる党という、共産党の役割に共感してる。確かにソ連、中国が理想社会といわれていた時代もあったが、そこに理想を見ていたのは幻想でしかない」
では、「名前を変えるくらいのイメチェンが必要」(アンケートより自営業、51歳、女性)との声にはどう答えるのか。
「日本共産党が『共産党』という名前を捨てて“普通の政党”になったら、一番大喜びするのは、支配勢力の側なのです。戦前から、この党に攻撃を集中して、『共産党は怖い党だ』という悪宣伝を、ありとあらゆる形でやってきたのが、支配勢力なのですから」(共産党中央委員会総会にて、不破哲三)。
「大嫌い!共産党という党名は何のためにあるのか。主義主張に反映されているとは思えない。単なる『反対!反対!』と唱えている党にしか見えない」(アンケートより会社員、45歳、男性)。これにはどうか。
「なぜ共産党という名前を名乗っているのか。これは私たちの原理を示している名前。いうならば、ともに幸せを生み出す共産党って感じですね。確かにイメージが悪いとはよく言われますし、それは確かなんですが、名前を変えても『元共産党』と言われるだけですよね。名前を変えるのは懺悔行為であって、例えば侵略戦争を支持してしまったため政党として成り行かなくなり、ゼロから出直すと言う意味であって、坊主になって出直すと似たような意味がある。苦しい中、83年にもなる歴史があり、戦略戦争に命をかけて戦った誇りある名前として維持していきたいと考えております」(緒方氏)
「悪いことをしていないのに変える必要はない、誤解を解くのが筋だという気がする。名前には生き方や願いが込められている。戦前から体を張って頑張ってきた先輩の生き様に接するとき、そういう人たちを頭に浮かべるとき、名前を変えることはおかしい、誤解を解くことが第一だと思う」(塩川氏)
「発達した資本主義国から社会主義を目指す変革の道に踏み出した経験を、人類はまだ持っていません。私たちが長期的に展望しているのは、そういう人類史上未踏の道であり、苦難もあるけれども、ロマンもある雄大な開拓の領域であります。
そして私たちが、日本共産党という党名を変えないのも、私たちがこの党名とともにたたかってきた戦前・戦後の歴史に誇りを持っているだけでなく、社会発展の途中の段階で安住せずに、一貫してよりすすんだ未来社会をめざす党だからであります。つまり、過去・現在とともに、未来に責任を負う党であるからこそ、この名前を誇りをもって使い続けていきたいと、私たちは考えております」(前出志位和夫著書)。「末永く愛用していきたいと思いますので、みなさまご愛顧お願いいたします」と、昨年11月に東京大学駒場祭での講演会でも笑顔で話していた。
「共産主義も英語に訳せば、community=共同体主義、つまりコミュニティーセンターのcommunity と同じだから、そう考えればおかしくないでしょ、ははは」
今回、私が取材で会った共産党の方全員が最後にこう言っていた。共産党員はみんな赤旗と同じことをいう、イントネーションまで同じだ。日頃よく耳にするそんな批判を思い出し、笑ってしまった。
キーワード2「二大政党」
ゼネラル・プランをつくる能力のない政党は、政党とは呼べない。戦後の日本には、そういう政党が自民党一つしかなかった。それ以外の政党は、特定のイデオロギーや宗教などが背景にあるなど、考え方が一枚岩で、バラエティがない。しかも「福祉も減税も」みたいな、実現不可能な政策を揚げたりする。はじめから本気で政権を担うつもりがないわけで、これでは自民党にとってなんの脅威にもならない。結局、自民党内部で、対立するさまざまな意見が調整されていた。総合的な国家の運営プランが一つしかなければ、競争原理が働かない。競争原理が働かなければ、政治の質は低下する。
(橋爪大三郎『政治の教室』PHP新書2001年)
■「二大政党」、それはトヨタと日産
こう例えるのは、自民党・脇雅史参議院議員(60歳)だ。競争感がプラスされるという点で、政権交代=代わることだけに意味があり、自民党が主役であることには変わりない、それが今の二大政党だと言う。ただ、トヨタと日産のような二大選択は、馴染み優先で決まりやすい。政策では分けにくく、姿の問題である、と。また、民主党・河村たかし衆議院議員(55歳)は自民党と民主党の違いを、自民党はゴルフ場で喋っている、民主党は駅前でしゃべっている、それだけの差でしかないと言う。
「『二大政党制づくり』の動きは、危機に陥った自民党政治を延命させるため、同じ自民党政治の土俵のうえで、政権の担い手だけを政党選択の焦点とし、すぐには政権の担い手とならない日本共産党をはじめから有権者の選択肢から排除する、つまりわが党を政界から締め出す新しい仕組みとして作用するところに、重要な特徴がありました」。志位和夫委員長は日本共産党中央委員会幹部会で、二大政党制をこう評価した。自民党政治を続けるためにもう1つの政党が必要ということ、利益を追求する大企業が経済界を政治により反映しやすくすること。そこへ、自民党政治への怒りと「ともかくこの政治を変えたい」との思い。今の二大政党制は、ふたつの異なる思いのベクトル方向が一致して、中身もなく、本来の姿からかけ離れた形で進められている。自民党批判の激流が、民主党に流れ込み、これまで日本共産党に支持を寄せていた人々の中でも、今回民主党に投票した人々が広くあった。これが、志位氏のいう「作用」だろう。政権の「受け皿」なるものを用意することによって、国民の関心を、どの党が自民党政治の中身に本気で対決するかにではなく、どの党が自民党に取って代わる「政権交代勢力」になるかに向けることによって、自民党政治への批判が日本共産党支持に結びつくことを阻止しようとすることにあったそうだ。
「今の状態は二大政党とは言えない。民主党をまず解党し、自民党と保守系元民主党議員、共産党・社民党・元民主党議員という二大政党がいい。何年かかるかわからないけど、いずれそうなると思うよ。そのとき共産党がリーダーシップをとるべき。志位さんの後ろには不破さんがいるから、志位さんはまだ好きにやれない。志位さんは安倍晋三と同い年で、本人も意識しているはず。安倍晋三は次期自民党リーダーになるので、志位さんも安倍と対等にやりあいたい。だから、やらせてあげるべき。とにかく今のままではいけない。今のままでは誰もついてこないよ」。いつもは「非現実的なことばっか言って、いらないよそんな党」しか言わない某全国紙編集局長が漏らした。自民党・脇氏も「民主党は今のままでは不満なはず。政権をとりたいがための我慢であり、どこまで我慢できるかがポイントだが、我慢できない人が必ず出てくる」と言う。
***アンケート********************
アンケート用紙を10代~70代までの男女に配り記入していただいた。男女比1:1、学生30名、社会人80名。
アンケート項目(カッコ内の数字は学生、社会人の順)
1、今回の選挙で共産党が大幅に議席を減らした原因は、志位さんも指摘するように、票が一時的に民主党に流れたからでしょうか
①そう思う…24名(10、14)
②そうは思わない、民主党に関係なく、単に支持層が離れていった結果だと思う…67名(12、55)
③わからない…19名(7、12)
2、1で「①そう思う」と答えた方にお聞きします。この落ち込みは回復可能とお考えでしょうか。
①可能…12名(5、7)
②不可能…8名(4、4)
③わからない…8名(2、6)
3、では、そもそも今回の選挙で共産党が大幅に議席を減らしたことが気になりましたか。
①気になった…42名(9、33)
②気にならない…65名(18、47)
4、共産党は今、消えそうになっていますが、このまま消えてしまうのでしょうか。
①大丈夫、消えることはない(確信、自信)…30名(5、25)
②応援しているわけではないが消えないで欲しい…50名(12、38)
③応援しているわけではないが消えないとは思う…5名(2、3)
④消えないで欲しい、応援している…4名(2、2)
⑤消えると思う…8名(2、6)
⑥消えて構わない…9名(3、6)
⑦消えて欲しい、不要…1名(0、1)
5、「理想論ばかりで現実を見ていない」との批判も聞かれる共産党ですが、共産党の存在意義はあると思いますか。
①ある…73名(16、57)
②ない…15名(3、12)
③わからない…25名(10、15)
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キーワード3「理想と現実」
友人「共産党の言ってることはいいと思う、俺戦争やだし。でも、票はいれね-な!」
私 「何で?」
友人「だって、自衛隊反対ばっか言ってるけど、アメリカ主体のグローバルスタンダード化の流れでしょうがね-」
私 「諦めてるの?」
友人「ん-、でもそれをいいとは思わないから、桃源郷みたいな共産党にいつも心は揺れる、心の隅に置いておきたい存在だな!」
何はともあれ、共産党は必要とされているようだ。前出の緒方靖夫参議院議員が嬉しそうに話す。
「昨日もサウジアラビアのレセプションで、日本共産党がもう少し、もう少しね(笑)、もう少し大きくないと政治はおもしろくないよとたくさんの方にいわれたんですよね。それは日本共産党を応援しているという意味ではなくてですね、国会の8割がほぼ同じ声では、民主主義にとって健全ではない。そういう意味で、共産党がもっとがんばれよと、言われたんですね」
また、志位委員長も著書「民主日本への提言」で次のように述べている。「日本共産党の綱領がいま、政界でもずいぶん熱い話題になっています。自民党のある有力議員は一生懸命、赤線を引きながら綱領を読んでいた。『だまされてはいけない』といいながら、赤線を引っ張った綱領を他の議員に見せていたという話が伝わってきました。ある野党が合宿を開いて綱領の勉強をした。自分たちの綱領の勉強ではなくて、日本共産党の綱領だったという話も伝わってきました。(中略)いずれにせよ、わが党の綱領が、これだけ話題になるというのは綱領始まって以来のことではないでしょうか。それは綱領でしめている道が、いよいよ現実性を帯びてきたということの裏づけだと私は思います」
前出の自民党参議院議員・脇氏は、「共産党でも議員は現実を見ているので理想論ばかりであるとは思わない。彼らは社会の不条理と戦っており、理解できる」という。さらに、共産党は消えないとし、今後は横ばいか少し上だろうと予測。「消えたら困る党。自民党と民主党が効率的に政治を行うと必ずいじめられる人が出てしまい、その人たちを守っているのが共産党という現状がある。共産党は地方の弱者を守っており、それは政治の原点だ。本来、効率的に政治を行う政党と、弱者を守る政党が一致することが理想ではあるが…」。「イデオロギーに走り過ぎられては困る」と思わせる過去が、不信感をもたれてしまう原因ではないか。また、自民党で共産党を嫌っている人は、いじめられたり足を引っ張られた過去がある人だ、といった。
また、社民党党首・福島瑞穂参議院議員は、「共産党も社民党も国会の中に必要。回復可能であるし、消えないと思う」としながらも、「理想論ばかりと言われてしまうのは、プレゼンテーションが下手だからではないか。社民党は昔、ひとくくりにすると護憲しか言っていないと言われたことがある。表現の仕方に手垢がついていたり、運動者の高齢化などで、純粋にまじめにやっているのに新鮮さがないのかもしれない。よく見ると、いろんなことをやっている。シビアな具体的な平和のリアリズム。具体的テーマ。これらが有権者に伝わりきれていないのではないか」
アンケートで共産党は、「消えない(消えないで欲しいを含む)」が89名、「消える(消えてかまわない、消えて欲しいを含む)」が18名であった。ただし、「消えない」派の中で「実際応援もしている」に限定するとその数は半減してしまう。
「問題は、わが党の政策的訴えが国民の共感を得たとしても、『二大政党』のキャンペーンのもとでは、それだけではわが党への一票、つまり政党選択には直接つながらないということです」。志位委員長は日本共産党中央委員会幹部会で報告した。
先日、アルバイト先の居酒屋でともに40代半ばの役人と大学教授が熱く語っていたのを思い出す。
「民主主義は言った者勝ち、言わないと成り立たないという民主主義の原理がもっと認識されないといけない」
「右傾な今の流れを危惧する。自民党も民主党も憲法改正賛成である。つまり、発案はいつでもできてしまう。国民次第では通ってしまう。右傾や憲法改正が悪いと言ってるわけではない。それが議論の末に出てくる結論ならいいが、今は議論がまったく足りない」
そこへ、隣の客も混じる。彼は60代後半くらいだろうか。
「今の若者はなんで声を上げない。昔は学生運動だの、不満があれば立ち上がったのにな!きみ、選挙行ってるか-?」。
私はその後、彼から延々と続く説教を受けた。よほど今の若者に不満があるらしい。
■政治離れ
若者の政治的無関心が言われて久しい。たしかに、安保闘争や学生運動が盛んであった1960年代の若者に比べると、今日の若者は政治に強い関心を示す者が少なくなっていることは事実である。また、数々の世論調査の結果からも、若者は中高年層よりも政治関心度が低く、政治参加の度合いも低いことが明らかになっている。民主政治が有効に機能するためには、国民の多くが政治に関心を抱き、政治に参加することが必要条件であることを考えれば、世代交代の進行によって必然的に次代の担い手になる今日の若者が政治に関心を示さないということは憂うべき状況ともいえる。
多くの若者がなぜ政治に関心を示さないのか。明治大学・井田正道助教授がかつて実施したアンケート結果によると、無関心の理由の中には「政治は難しすぎるので、自分の理解をこえる」「身近に感じられない」「自分とどこかでかかわっているのだろうけど、それが目に見えない」「難しく、汚れた社会のように感じられるから」などという回答が見られたという。政治のわかりにくさと汚いイメージが若者を政治から遠ざけているようである(竹尾隆、井田正道編著『現代政治を見る眼』八千代出版2001年)。
たしかに政治現象を把握することは容易ではない。選挙のときは候補者が「国民が主人公の政治を」と訴えても、選挙が終わると永田町という閉ざされた、国民の目の届かない空間で国の方向性がよくわからないプロセスで決定されているようにみえる。1995年の東京都知事選と大阪府知事選でみられた青島・ノック現象、1999年の東京都知事選での石原慎太郎の圧勝、2000年の長野県知事選での田中康夫知事の誕生、そして2001年4月に成立した小泉内閣に対する異常ともいえる国民の高い期待は、議会不信の裏返しとしての「強いリーダーシップ」と「近寄りやすいリーダー」を求めた結果ともいえるし、また「わかりやすい政治」いいかえれば「政治の単純化」を求めていると解釈することも可能である。また、これらの現象の基底には、わが国の議会制民主主義の実相に対する国民の根強い不信・不満が存在することも忘れてはならない。
800年ほど前のイギリスでは国王が税金をめちゃくちゃにかけるものだから、議会で誰かが「税金が高すぎる」と言ったら国王に殺されかねない時代だった。そこで、発言したことで殺されないように、みんなで言論の自由を守ろうというのが、議会の役割になっていく。それが言論の自由というものだし、議会の存在理由でもある。
「小泉首相の『俺の言うとおりにせよ』的発言はおかしい。それでは議員の存在は何なのか。総裁選の投票だけが仕事なのか。中身を議論しない=民主主義の原点を避けている。基本の議論がなされないのは異常であり、民主主義の危うさを感じる」と、前出の自民党参議院議員・脇氏も懸念を表明した。
今回私は政治家に会いに行った。取材を口実にして会いたい人に会った。どの方も忙しい中、快く会ってくださった。学生だからといって、適当に答えるという方はいないように思った。勉強不足、準備不足で訪ねていった私に、「そんなこたあ全部わしの出した本読みゃわかるがや」と言いながらも丁寧に説明してくれた方々。もともと私は「政治=汚い」とは思っていないが、これからもそのようなことは思わない。汚い政治家がいるのは、性格の悪い友達がいるのと同じで、その友達にも長所と短所があり、たまたま自分には短所しか映っていないだけなのだ、きっと。「もっと怖い人だと思っていました」という私に、「やっぱりテレビだと真剣に討論してるからみんな怖い顔になるけど、みんな本当は面白い人たちなんだよ」とその政治家は笑っていた。
政治のバラエティ番組化で、政治が面白いものになってきている。テレビの役割について、田原総一郎は「政策が決まるまでのプロセスを透明化し、国民に理解してもらうこと」としている。しかし、感性に訴えるテレビゆえ、物事を単純化し、視聴者の情緒的な反応を助長する危険性を持つ。前出の自民党・脇氏は「共産党のマイナスイメージはマスコミがはやし立てている。それに対してどうムードを作るかだ。最近はムードが悪い、傾いてきた。たいていの人はただ『嫌い』と思っている。ムード作りは難しい。マスコミは受け手読者との共同作業であり、能動的に動いているのは10%だけ」だという。また、塩川氏は「共産党はなかなかテレビに出してもらえないというのがあるんだけど、面白おかしく取り上げてもらうというのに乗っかりたいとは思わないよね。やっぱり国会の活動を通して、一歩でも二歩でもよりよくしていく活動を国会を通して続けていくことが、結果的にマスコミに注目してもらえるし、そういう載り方がいいと思う」という。メディアを通して伝えられるニュースは世の中のほんの一部でしかない。情報化社会で私たちは能動的な情報収集が可能になった。メディアに操作され、踊らされがちだった私たちが主導権を握るのだ。
自分のことを自分で決めることができ、それが実感できれば、必ず政治は面白くなる。間違った意思決定をしても、自分のせいだと納得できる。もちろん、政治的な決定は社会全体を拘束するから、自分に関わることでも、何でもかんでも自分の思い通りに決められるわけではない。しかし、その意思決定に間違いなく自分も関わっていると実感できれば、それなりの手応えが得られる。そうであればこそ、生きていることに張り合いが出てくる。自分が自分の人生の主人公であるという感覚が沸く。この感覚こそが、人民主権ということであり、民主主義の価値である。
身近な不満が大きな声に変わることを私たち国民が気づいて、まじめに政治を考えるようになれば、共産党の存在価値が出てくるのかもしれない。その声を届けてくれるものこそ、共産党なのかもしれない。どんな小さな声でも、共産党なら耳を傾けてくれるのかもしれない。「国民とともに歩む党」と公言しているのだから、どんどん頼めばいい。そして、その時こそ共産党はもっと国民に理解してもらえるよう、柔軟な姿勢をとるべきだ。一部の過激な人たちによる支持と、それに対する過激な反発でも、かなりの人に誤解を与えているのかもしれない。昨年11月に東京大学駒場祭で開かれた志位委員長講演会でも、聴衆の中に敵「かくまる」が数人潜んでおり、公演中に幾度なく罵声を上げては一時中断に繰り返し追い込んだ。最初こそ耐えていた志位委員長も、しまいには「かくまるも落ちぶれたものだ」と挑発に乗る始末。そんな様を見てしまったら、とても支持する、頼る気にはなれまい。
「共産党はかわいそうだよ。一度掲げたものにこだわってる。自分の主張をむりやり現実に結び付けている。本人たちもきっとそんなことはやりたくない。少し折れて、みんないっしょにやろうとリーダーシップをとるべき党なんだから」
投稿者 河合 : 2005年01月17日 01:58