« 『「脳科学」化社会』赤木智弘 | メイン | 『介助犬と共に生きる社会へ』熊谷早苗 »

2005年03月02日

『ファンとは~2004年、プロ野球再編問題から見えたもの~』坂本貫

6月13日の衝撃

 2004年6月13日、大阪ドームにプレーボールのコールが高らかに鳴り響いたのが午後1時2分だった。その約1時間後、同じ大阪市内のホテルで、ある記者会見が幕を開けた。
 会見の冒頭、山口昌紀近畿日本鉄道社長と小林哲也近鉄球団社長は、大阪近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブが合併に向けて協議を進めていることを認めた。合併案は4月後半には浮上しており、ゴールデンウィーク明けにはすでに親会社の間で合意ずみとのことだった。
 すべては結果報告にすぎなかった。そして、その報告さえ近鉄の試合中に行われるという配慮のなさだった。
 その日、バファローズはサヨナラ勝ちを収め、ファンと共に快哉をあげた。そのとき選手の心にはどのような思いが渦巻いていただろうか? 親の心子知らずとはよく言うが、子の心情を常に親が熟慮しているとも限らない。

 近鉄とオリックスが合併する。その事実は二つの衝撃を自分に与えた。
 第一の衝撃は、12球団2リーグというこれまでのプロ野球の常識が簡単に崩れうると痛感したことだった。それが何ら絶対的なものでないと頭では理解していながら、これまで自分は実感としてその可能性を認識するには至っていなかった。平和ボケ、それに近い根拠のない信頼を球界に寄せていた。
 そんな自分の目を覚まさせたのが、合併のニュースだった。これまで弥縫策の積み重ねで何とかバランスを取り繕ってきた球界が、一本のネジが外れたことで、一挙に解体に向けて突き進んでいくことは容易に推測できた。球界最大の危機の到来を肌で感じたことは、その未来について真剣に考えを巡らせる一つの契機となった。
 第二の衝撃は、近鉄とオリックスという馴染み深い両チームが、合併という結論によってないまぜにされてしまう喪失感だった。
 私事で申し訳ないが、自分の喪失感がどの程度のものであったかを知ってもらうためにも、少し自分のプロ野球ファンとしての遍歴を振り返ってみようと思う。
 生まれは兵庫県神戸市、祖母も兄も熱狂的な阪神ファンという家庭環境で育った自分は、物心ついたときにはすでに縦縞のユニフォームに声援を送っていた。三つ子の魂は20年の月日を経た今も変わることはない。阪神は自分にとってずっと特別なチームのままであり続けている。
 そんな自分は、これまで二度の浮気を経験した。
 最初は、阪神が弱体化のピークを迎えた小学生のときだった。負けん気の強かった自分は、不甲斐ない試合を繰り返す阪神に憤りを覚え、やがてそれは強い失望に変わっていった。そんな折、目に留まったのがパ・リーグの近鉄バファローズだった。当時の近鉄には、デビュー直後の野茂英雄がいて、トルネードと呼ばれる独特の投法で球界に旋風を巻き起こしていた。彗星のごとく現れた強烈な個性を持つヒーローに魅了された自分は、一時的とは言え熱狂的な近鉄ファンに様変わりした。それを機に、セ・リーグは阪神、パ・リーグは近鉄という応援スタンスが確立されていった。
 偶然か必然か、次の転機は天災と共に訪れた。1995年1月17日、突如神戸の街を襲った阪神淡路大震災は、被災者のなかに共同体意識を強く育む契機となり、その年、「がんばろう神戸」を合言葉に優勝街道をひた走ったオリックスの活躍に特別な意味合いを持たせることとなった。それまでは、ただのご近所さんとしての認識しかなかったオリックスが、その年初めて神戸のチームであると思えた。こうして、震災という特殊な経験がオリックスを自分のなかで特別なチームに変えた。
 その後、年を追うにつれてプロ野球に対する関心は少しずつ希薄になっていった。嫌いになったわけではない。ただ、他に時間を割かれることが増えていくなかで、結果的にプロ野球に接する時間が減っていっただけだった。
 今では、プロ野球との付き合い方は完全に確立された。寝る前のスポーツニュースは毎日の楽しみだし、「NUMBER」を中心にスポーツ誌を購入することも少なくない。しかし、テレビでの観戦は昔に比べれば少なくなり、日本シリーズなどのビッグゲームを除けば、ケーブルテレビで時折、阪神のゲームを観ることがあるくらいになった。最後に球場に足を運んだのも、近鉄対ヤクルトの日本シリーズを観戦した4年前まで遡る。要するに、それほど強い関心があるとは言えないが興味の対象であることは間違いない、オリックスに対しても近鉄に対してもそんな状態が長く続いていた。
 そんな自分が、合併のニュースを聞いた。まるで思い出の1ページと未来の1ページが同時に破り取られてしまうような喪失感を覚えた。今でも傷口が完全に癒えたわけではないし、これからも完治することはないと断言できる。合併反対の署名欄には喜んで名前を連ねた。そして、無責任な合併を敢行した親会社に対する不信感もおそらく長く消えることはない。
 しかし、それが実際にどれほどのダメージを自分に及ぼしたかと言われれば、実はそれほどでもないような気もする。合併に嫌悪感は抱いたが、どこかで仕方ないとも割り切れた。合併に対する反発心が、試合に目を向けさせるということもなかった。いつしか、時折郷愁の念にふけることがある程度にまで、傷口は回復していた。
 ふと、考えた。プロ野球はどこのファンですか? 去年まで、そう聞かれたときには、迷わず「セ・リーグは阪神で、パ・リーグは近鉄とオリックスです」と答えていた。
 しかし、果たして自分は近鉄やオリックスのファンと言えたのだろうか? 今現在、阪神のファンと言えるのだろうか? 
 6月13日。これまで当たり前だったものが当たり前でなくなることによって、改めてプロ野球との距離を客観的に測る機会を自分は得た。その結果、これまでいかにファンという言葉を考えもなく用いてきたかを思い知らされた。
 ファンとは何か? 
 この文章は6月13日の衝撃が生みつけた、ひとかけらの好奇心が綴らせたものである。

どこまでがファンか?

「スポーツ・演劇・映画・音楽などで、ある分野・団体・個人をひいきにする人」。岩波書店発行、広辞苑第五版の「ファン」の項にはこのような説明文が記載されている。特定の対象に強い思い入れを抱いている人、それが「ファン」の一般的な用法だ。
 では、どの程度強い愛情を対象に注ぐことで、栄えあるファンの称号を与えられるのか? ファンとそうでない人との境界線が愛情の強さを基準に決まるのだとすれば、依然、ファンという言葉の射程範囲は判然としない。 
 ファンについて語るためには、まずファンという言葉の定義を明らかにする必要がある。ここではファンという言葉が日常どのように使われているかを手がかりに、それがいかに曖昧な観念にすぎないかについて説明を試みたい。

 一般にファンという言葉を用いるとき、人はどのような対象をイメージするだろう?
 例えば昨年、韓流ブームが日本を席巻した。ブームを支えたファンと言われれば、韓国人スターの姿を一目見ただけで、涙を流す中年女性がすぐに思い浮かぶ。他にも具体的なイメージ像を結ぶファン層はいくつか存在する。
 プロ野球もそのうちの一つだ。大学生10人にプロ野球ファンのイメージについて自由に語ってもらったところ、実に6人までが「おじさん」のイメージを挙げた。さらに「ビール」のイメージを挙げたのが4人、それらは皆「おじさん」と「ビール」をセットで考えていた。他に特徴的だったのが「固定ファンが多そう」という声。これも10人中5人、実に半数に及んだ。
 以上の結果から、「常連のおじさんがビール片手に応援」という像が、プロ野球ファンの典型的なイメージの一つとして確立されていると言えそうだ。このイメージがいつどのように作られたかは問題ではない。ここではプロ野球ファンという言葉が、多くの人のなかで具体的なイメージ像に結びつく事実が重要なのである。
 このように、ファンという言葉は典型的な支持者をイメージさせ、あたかも客観的に判別可能な特定のセグメントを形成しているかのような印象を抱かせる。しかし、そのイメージこそが幻想にすぎないのであり、ファンという言葉の語法を混乱させる要因となっている。

 以下は、ある大学生に、自分がプロ野球ファンに当てはまるかどうかを質問したときのやりとりだ。

 プロ野球はどこのファンですか?
「横浜です」
 横浜の試合はテレビとかでチェックしますか?
「いや、全然。ただ、家が横浜だからベイスターズのファンっていうだけで、そもそもプロ野球自体にそんなに興味ないんですよ」
 では、あなたは横浜ファンではないということですか?
「そうですね。別に勝っても負けてもどっちでもいいし、そういう意味じゃ全然ファンじゃないですね」

 ここでのファンは、明らかに先ほどのファンとは用法が違う。それどころか、一連の会話に登場するファンはすべてが同じ意味で用いられているわけではなく、ここでの「~ファンですか? 」という質問は、「~が好きですか? 」という質問とほぼ同じ意味合いだということが分かる。
 なぜ、ここではファンという名詞の形容詞化が起こっているのか? それはファンという言葉が、対象に向けられた愛情の深さを自分の内面に問いかける質問であるがゆえに避けられないことなのである。
 「好きと嫌いの心理学」のなかで、著者の詫摩武俊氏は、好きと嫌いは選択を前提にして初めて成立すると述べている。すなわち、人間は何らかの比較対象との兼ね合いでしか自分の愛情を推し量るすべを持たないのだ。好きか嫌いかは絶対的に人間の行動原理を支配するものではなく、あくまでも相対的にしか決せられない事柄なのである。
 結果、「~ファンですか?」という質問を投げかけられた人は、何らかの比較対象を想定したうえで、自分の主観的な印象でファンか否かを回答することになる。必然的に、比較対象によって回答中に含まれるファンという言葉の持つ意味合いは大きく変わる。ここでの大学生の答えを例に挙げれば、最初はプロ野球球団の枠内で考えたからこそ彼は「横浜ファン」だったのであり、あとでは野球ファンのイメージと比較したからこそ「横浜ファン」ではなくなったのだ。
 ここで注意しなければならない点は二つある。第一に、個々人から発せられるファンという言葉には相対的な好き嫌いの意味合いしか含まれていないため、内面の愛情の強さを推し量る材料としては必ずしも十分ではないという点。もう一点は、比較対象に何を想定してファンいう言葉を用いているか、回答者自身も意識していない場合が多い点である。
 さらに、「~ファンですか?」という質問を投げかける際には、もう一つ大きな注意点がある。プロ野球ファンという言葉が、そのイメージ像を個々人のなかに具体的に描き出させることは先に述べた。すなわち、人はプロ野球ファンの基準を独自に設定していることが多く、そのイメージ像と比して自分がファンであるかどうかを判断する場合が多い。しかし、ここで設定されるプロ野球ファンの像は多分に個人差を含むため、必然的に同じファンという言葉でも認識のずれは避けられないのである。
 今回の例のように、より深く回答者の内面を掘り下げるような質問が行われた場合はまだしも、「~ファンですか?」という質問が単体で行われた場合、そこでの回答は非常に精度に乏しい。むしろ、それは個々人のファン像を乱暴に他者に当てはめさせる結果をもたらしかねず、思い込みやすれ違いを生む契機になりかねない。

 このように考えていけば、ファンというセグメントが客観的に判別可能な集団として存在するという観念自体が虚構に過ぎないこともわかる。ファンというセグメントを切り分けるためには、愛情の強さを絶対値で測定するか、もしくは共通の尺度となる比較対象を設定するか、そのいずれかを要する。しかし、その両方が不可能であることはすでに述べたとおりだ。結果、ファンか否かを判断する客観的な境界線を設定することは、不可能であると言わざるをえない。
 しかし、人はある特定の人物を指してファンかどうかを客観的に呼び分けている。それはなぜ可能なのだろうか? 
 多くの場合、それは客観的な行動の観察結果にすぎない。つまり、プロ野球に関して言えば、球場に足を運ぶ回数や、試合結果に対する関心の強さなどを観察した結果、自分のなかに漠然と存在するファン像と比較して、相手がファンに当てはまるかどうかを判断しているのだ。ここでは、球場に足を運んだり、テレビを観たり、何らかの方法でプロ野球と接している状態を、プロ野球を消費する、と定義したい。プロ野球ファンという表現が用いられる場合、それはいかにプロ野球を積極的に消費しているかという行動の側面から語られることが多いのである。
 詫摩武俊氏は、損得の基準、成否の基準、そして好き嫌いの基準が複合的に勘案された結果、人間の行動は初めて決定されると述べている。プロ野球はあくまでも娯楽であるがゆえに、好きか嫌いかという基準が、行動という結果に強く影響を及ぼしているかのような印象を受ける。しかし、そもそもプロ野球は娯楽にすぎないからこそ、損得や成否の基準によってより強い制約を受ける。
 例えば、仕事の時間を削ってまでスタジアムに足を運ぶ人と、スタジアムに足を運びたいがやむを得ず仕事をしている人がいたとしたら、前者のほうがプロ野球により強い愛情を抱いているとは一概に言えない。そこには、欲望に抗う意思の強さといった個人の内在的要因のほかにも、職場環境や家庭環境といった外在的要因も強く作用してくるからだ。それらを一切考慮することなく、客観的な観察結果から相手の内面を推し量ってしまうことは少々乱暴にすぎる。
 確かに、優良なプロ野球消費者が熱心なプロ野球ファンである蓋然性は高い。しかし、逆に熱心なプロ野球ファンが必ずしも優良なプロ野球消費者であるとは言えないことに、ここでは大きな落とし穴がある。
逆に、プロ野球ファンという言葉から、勝手にその人のプロ野球との付き合い方を想像してしまうことも多い。最初に述べたプロ野球ファンのイメージ像などはまさにその典型だろう。一方、行動となって表れなければそれほど強い愛情を抱いていないかのような印象を受けるのも、ファンか否かを判断するに際して客観的な観察結果に頼りきっている証拠だろう。

 結論を述べれば、ファンとは最も広範な意味で「プロ野球に少しでも関心を抱いている人」という程度に考える以外に定義づけの方法はない。定義の曖昧さは、愛情が絶対的に測定可能な代物ではないため宿命的につきまとう。かといってプロ野球との付き合い方だけを尺度にファンの定義を当てはめることも、必要以上にファンの射程を限定してしまう結果につながり、妥当ではない。
 ここではむしろ、ファンという言葉が単に消費者を指して用いられている場合と、より広い意味合いで用いられている場合とを積極的に切り分けて考えることの必要性を訴えたい。メディアで語られるファン、われわれが日常何気なく使用しているファン、それらは両者の使い分けが非常に曖昧である。「球場に足を運ぶファンが少なくなった」、「応援してくれるすべてのファンのために・・・・・・」そこでのファンという言葉は何を指すのか? 一歩踏みとどまって考える余裕を持ってもいいのではないだろうか。
 ファンという言葉が何を指すのか? それを特定するためには、なぜそこでファンというセグメントを切り出して考える必要があるのか、文脈の目的を明らかにすることで逆算的に考えるしかない。それが消費者を指すのか、あるいはより広範な意味を持つのか、ここは特に慎重な考察を要するところである。
 次章では、今回の球界再編論争をマクロの視点から検証することを通じて、プロ野球ファンという言葉の意味を考えていきたい。

ビジネスと文化の狭間で、プロ野球を叫ぶ

 2004年、社会問題にまで発展したプロ野球改革騒動は、球界の未来にどのような影響を及ぼすのだろうか? それを詳細に語りつくす試みは無為に等しいが、騒動がもたらした最も大きな意味合いを挙げるとすれば、以下の二つに集約されるように思われる。
 一つは、球界が初めて本格的な改革に向けて動き出したという事実そのものだ。臭いものにはフタの論理で55年もの歴史を積み重ねてきた球界にとって、自らの傷口に初めて正面からライトを当てたこと自体が大きな前進である。
 もう一つの大きな変化は、初めて球界にビジネスの論理が正面から持ち込まれたことだ。球界を支配する数々の不条理がビジネスの常識に照らし合わせて再検討されるようになったことは非常に大きな意味を持つだろう。
 これまでプロ野球はエンターテイメント産業でありながら、ビジネスの原理を排除した異常な状態にあった。それを可能にしてきたのは、昭和29年の国税庁通達によって確立された、球団の赤字が親会社の広告宣伝費という名目で無制限に補填されるシステムだ。結果、プロ野球はビジネスの原理に縛られない運営が可能になった一方、赤字の垂れ流しが無制限に許される聖域へと化していった。
 しかし、そのような護送船団方式は時代の変化とともに限界を迎えた。長引く不況によってわが子に脛をかじらせるだけの余裕を失った親会社は、球団を企業の一事業部門とみなすようになり、子の自立を促すようになった。ここに来て初めて、プロ野球界は収支の改善、すなわちビジネスとしての健全さを真剣に要求されるようになったのである。
 そのような潮流のなかで、初めてビジネスの常識が球界の常識を覆した瞬間こそが、親会社主導で完遂された近鉄とオリックスの合併だった。それは親会社による不採算部門の事業整理に他ならず、ビジネスの世界では珍しいことでも何でもない。
 こうして、ビジネスの言葉でプロ野球を語り始めたオーナーは、適正市場規模に合わせた事業の縮小均衡を図ろうとして、1リーグ制への移行を強硬に進めた。縮小均衡という戦略の是非や、説明責任の杜撰さはともかく、オーナー主導の改革がプロ野球ビジネスの健全性を標榜していたことは間違いない。プロ野球はビジネスである、そう断言するオーナーの姿がしばしば見られたことからも明らかなように、2004年はオーナー主導でプロ野球のビジネス化が本格的に進められた年なのだ。

 それは産業としてのプロ野球の存続という観点から考えれば、いたって健全な第一歩だったと言える。しかし、一方でビジネスの論理の球界への浸透は、爆弾を持ち込んだ一面もあることを認識しなければならない。
 「新スポーツマーケティング~制度改革に向けて~」(創文企画)のなかで、著者の広瀬一郎氏はスポーツビジネスの難しさを指摘している。スポーツビジネスとは、スポーツを商品化することで収益を増やす営みだが、それは一方でスポーツの魅力、すなわち純粋な感動を減じさせる作用ももたらす。収益の増加を目指す作業が、どこかで価値の減殺を招くというパラドクスからスポーツビジネスは逃れることができない。そのようなパラドクスを、広瀬氏は以下のフローチャートで説明する。

①おもしろい→②ビジネスになる→③ビジネスにする→④つまらない

 プロ野球をビジネスにする。それは、これまでエンターテイメント産業の王様に君臨していながら、収支の問題を度外視してきたプロ野球が、初めて③の段階に本格的に足を踏み入れたことを意味する。しかし、それは同時に④の危険に晒されるようになったことでもある。
 広瀬氏も指摘するように、スポーツビジネスを成功させるためにはバランス感覚が必要とされる。プロ野球をビジネスにするという試みはそのような均衡点を的確に探り当てる作業だと言える。
 ここでプロ野球改革に話を戻す。1リーグ制への流れがなぜあれほど根強い世論の反発を招いたかについては後で検討するが、オーナーがビジネスとしての論理を唐突かつ強引に押しつけたことがその一因であることは明らかだ。
 野村総合研究所が2004年11月に実施したアンケートによれば、この1年間でプロ野球に対する関心が「低下した」と答えた人は全体の27,8%にも及び、そのうち実に46,4%までが「不祥事や再編騒動で興味がそがれた」とその理由を述べている。これは、スポーツの舞台裏にすぎないはずの金や政治の論理が前面に出すぎた結果、プロ野の魅力が一部損なわれたことを端的に表している。
 そもそも、プロ野球はビジネスとしての成熟度の低さに関わらず、政治や金の匂いを露骨に感じさせる歪な存在でもあった。その原因としてプロ野球の起源が企業スポーツにあることを見逃すことはできないが、親会社の資本力の違いが戦力の違いに直結するようなシステムが整備されて以来、マネーの論理がより強く球界を支配するようになったことも事実だ。そのようなシステムを作り出した元凶者の言葉を借りれば、それは自由競争でありビジネスの常識となるらしいが、ビジネスの常識をそのままスポーツビジネスの常識に当てはめたことは浅薄な考えだったとの批判を免れない。マネーの論理を一部オーナー主導で部分的に導入していた経緯が、今回の親会社の強引なやり方に対する嫌悪感をより強くさせたことを指摘しておきたい。

 繰り返しになるが、スポーツのビジネス化の過程で、大切なことは均衡点を見誤らない慎重さだ。広瀬氏は、この均衡点は、人によって、文化によって、民族によって異なってくると語っている。すなわち、プロ野球のビジネスとしての成功は、この国でプロ野球がどのように根づいているかを厳密に検証することなしでは成しえないのだ。
 このようなスポーツビジネスの均衡点を推し量る材料として注目しなければならないのが、スポーツの文化としての側面である。
 プロ野球は文化である、それは昨年度オーナー主導で推し進められた改革に反論を突きつける側が、好んで引用したテーゼだ。彼らの主張は、大抵、以下の二つの論法から成り立っていた。
 第一の論法は、収支改善策として球界の縮小均衡策を推し進めることに合理性が見出せないと非難するスタンスだ。そのスタンスは、赤字体質を改善できなかった企業の経営責任を糾弾する姿勢と、労働者である選手や消費者への説明責任が果たされていない点を批判する姿勢とで、三位一体にされている場合が多かった。いずれにせよ、それらはオーナー主導の改革の不適切さをビジネスの側面から訴えていたと言える。
 もう一つの論法が、プロ野球の文化としての側面を強調し、オーナーの独善的な態度を批判するスタンスだ。ここでの主張は、プロ野球には文化としての側面があるから、ファンの声を無視した横暴は許されないという論理が中心になる。その際、日本プロファッショナル野球協約第3条1項の「野球が社会の文化的公共財となるよう努める」という条文を引用して、結果的にオーナーの協約違反を非難することも多かった。
 しかし、そこで文化という言葉は、オーナーの恣意性を批判するためだけに引用された感も強い。球界のビジネスの側面に着目すれば、オーナーが消費者の意見を聞くか聞かないかはあくまで彼ら自身が判断すべきことであり、消費者の意見を聞かなければならない謂れはどこにもない。だからこそ、反意を表する側としては、自分たちが意見を主張する権利があることを何らかの形で正当化する必要性があり、そのために文化という言葉が登場したような感がある。
 そのため、プロ野球が文化であるとは、果たしてどういうことなのかを正面から検証する姿勢は希薄であった。そこで、ここではプロ野球の文化としての側面について、少し考えてみたい。 
 そもそも文化とは何なのか。レイモンド・ウィリアムズは、生活様式全体を構成する精神に文化の重きをおく観念論と、社会秩序全体に重きを置き、文化もその秩序の直接あるいは間接の産物と考える唯物論の二説が存在し、それらが合流することで現在の文化論が展開していると説明している。
 観念論の立場からは、プロ野球が文化であるということは、プロ野球が国民生活を構成するうえで不可欠なファクターを形成していると説明され、唯物論の立場からは国民生活のなかに根づいている精神がプロ野球内部に色濃く反映されていると説明される。すなわち、プロ野球が文化であるということは、上記二つの点をプロ野球が満たすことで初めて達成されると言える。
 ここでプロ野球はビジネスの観点から離れ、公共性の意味合いを強めるようになる。誰もが公平にプロ野球を享受できる権利。誰もがその健全な育成に責任を持つ義務。プロ野球の文化としての側面は、ファンより、もっと広範な意味でプロ野球の受け手を考えさせる概念なのである。
 現在のプロ野球が日本文化として胸を張れる存在であるかどうかは、個人の解釈によって変わってくるだろう。ただ、ここで重要なことは、現在のプロ野球が文化と呼ぶにふさわしいかよりも、プロ野球を文化として考えていく姿勢を持つことが結果的にプロ野球の繁栄のためには不可欠であるという点だ。
それは、暴力的なビジネスの論理が結果的にスポーツというコンテンツの価値を減少させないよう、オーナーに国民感情の精緻な分析を義務づけ、一方で国民にオーナーの暴政が起こったときにそれを戒める権利を認めることだとも言える。
 プロ野球が本来的に企業の所有物である点に鑑みると、プロ野球の舵取りは最終的にオーナーの手に委ねられる。プロ野球の意義が単なる広告宣伝の域を脱し、ビジネスとしての成熟度を求められるのであれば、オーナーの関心はいかにプロ野球にビジネスチャンスを見出すかという点に集約されがちである。
 しかし、ビジネスとしての成功を遂げるためには、消費者である国民意識を観察し、ビジネスのロジックを持ち出しうる臨界点を見出す作業が不可欠になる。そこでオーナーに求められるのは、国民意識を敏感に嗅ぎわける嗅覚であり、そのためにはプロ野球の文化的側面に注目し、国民生活そのものを観察することが必要とされる。
 そして、プロ野球が文化として国民全体に広く享受されるためには、そもそもビジネスとして永続的に破綻しないことが前提として要求される。
 このように、プロ野球のビジネスとしての側面と文化としての側面は決して対立関係にあるのではなく、相互補完的な関係にある。
 プロ野球のビジネスとしての側面は現実論であり、文化としての側面は理想論とも対応する。プロ野球の繁栄は、プロ野球が国民全体から普遍的に愛される理想像を追求する過程で、ビジネスとして現実的なバランスを保っていくことによって初めて達成される。どちらに重心が傾きすぎても成功はない。大切なことは何度も言うようにバランス感覚であり、そしてそれを最も要求されるのは他でもない決定権を有するオーナーなのである。
 ここでファンの話に戻る。ファンという言葉は、消費者を指す場合とより普遍的な意味合いで用いられる場合の二通りがあることはすでに述べた。プロ野球のビジネスとしての側面に言及する場合、そこで語られるファンはプロ野球の消費者を指す場合が多い。実際にプロ野球界の収支に影響を及ぼすのは彼らだからだ。一方、プロ野球の文化としての側面に言及する場合、そこで語られるファンはより広範な意味でプロ野球を愛している人全般を指す場合が多い。もちろん、広く国民の意識を俯瞰することも大切ではあるが、より重要なことはその境界線を浮かび上がらせることで、プロ野球の現在地を明らかにする試みだと言えるだろう。
 なぜ、このような使い分けを認識する必要があるのだろうか? それは改革論を具体的に検証する際、消費者を増やすためのアプローチと、ファンを増やすためのアプローチが、手法としても、意味合いとしても必ずしも一致しないからだ。
 もちろん、ファンの数を増やすことが消費者の増加に貢献することは疑いない。しかし、ビジネスの側面でインパクトを最大にするためには、必ずしもファンを増やすことが最良の手段ではない。既存のファンをいかに消費者に変えていくか、現在の消費者をいかにより優良な消費者に変えていくか、それぞれの打ち手を費用対効果の側面から考える過程では、文化的側面を重視したアプローチは選択肢の一つにすぎない。

 今回の改革は無菌状態だった球界の経営を正常化するという命題を掲げて始まった。そこで検証されるべきは、もちろんビジネスとしての改革の合理性であり、効率性だ。しかし、だからといってプロ野球の文化としての側面を見誤れば、プロ野球自体を死滅させる結果につながりかねない。
 今回、合併反対の気運が世論で盛り上がった背景には、プロ野球の行き過ぎたビジネス化を戒める側面よりも、消費者や選手を軽視したオーナー側の責任意識の希薄さを糾弾する側面のほうが大きかった。
 しかし、結果的に騒動が社会問題にまで発展し、いたるところで合併の是非が語られる場を得たことは、結果的にビジネスとしての第一歩を踏み出したプロ野球にとっては非常に有用だった。なぜなら、その過程で今まで当たり前のものとして享受されてきたプロ野球の意味合いが改めて問われ、プロ野球の文化としての側面を考えるためのヒントが大いに提供されたからだ。
 そのようなヒントは、プロ野球を愛し、今回の改革によって少しでも影響を受けたファンのなかに最も多く見られることは間違いない。なぜなら、彼らこそビジネスの原理によって喜びを奪われた当事者であり、分岐点に差し掛かったプロ野球の大いなる犠牲者だからである。
 2004年度を改革元年とするなら、そこでは失われたものを検証することが何よりも大切だ。プロ野球の文化としての側面を考え、結果的にプロ野球の繁栄に続く道筋を描くために、ここでは消費者ではないもっと広範な意味でのファンについて考えなければならない。
 次の章では、実際にファンの声がどのように改革に反映されたか、あるいはされなかったかを、よりミクロな視点から検証したいと思う。

世論と、選手会と、オーナーと……

 2004年、球界再編問題はプロ野球という単一のエンターテイメント産業の枠を超え、社会問題へと発展していった。ここでは、2004年度の改革を概観することから始めたいと思う。

 合併という事実が電撃的に発表されてから、球界再編論議はおおかたの予想以上に混迷を極め、またドラマチックに展開していった。
 強硬に主張される1リーグ制への移行に反逆の咆哮をあげた虎。球団買収に名のりをあげたIT企業の若頭。悪の巨星と目されていた独裁者を襲ったスキャンダルと失脚劇。メガネがトレードマークのプロ野球選手会会長の孤独な戦い。そして、球場から歓声が消えた9月の週末。
 豊富なキャスティングに彩られた球界再編劇は、加熱していく報道合戦によって次第にエンターテイメント性を増していった。それに呼応するようにして世論の関心も高まっていき、最終的には傲慢な経営者に立ち向かう選手会の背中を強く後押しする声として結束していった。
 9月23日、プロ野球選手会と日本プロフェッショナル野球組織(NPB)との話し合いが妥結に行きついた。結果、近鉄とオリックスの合併が覆されることはついになく、55年に及ぶ両球団の歴史に幕が下ろされることが正式に決まった。一方、2005年シーズンからの新規球団参入の可能性についてNPBから信用に足りる発言を引きだしたことは、選手会が最後の最後で勝ち取った戦果だった。
 この日を、選手会と経営者の争いは一応の決着を見た。しかし、球界再編をめぐるドタバタ劇は終わらない。11月2日、西武ライオンズが日本一を決めた日から遅れること約1週間、選手会がつないだタスキを楽天三木谷社長がしっかりと受け継いだ。実に半世紀ぶりの新球団、東北楽天ゴールデンイーグルスの誕生だ。さらに、クリスマスイブには、福岡ソフトバンクホークス誕生のニュースも空から舞い降りた。
結果的に、合併球団であるオリックス・バファローズも含めて12球団2リーグという従来の形はギリギリのところで保持された。新たに加わった親会社が共にIT企業であるという点は、まさに時代の趨勢を色濃く反映していると言えるだろう。ライブドアの参入こそ認められなかったが、手を挙げた企業が球団を買える、そんなビジネスの論理で説明のつく部分が球界に増えてきたことは確かだ。

 では、その過程でファンの声はどのように活かされたのだろうか?
 今回の騒動を振り返ったとき、最もクローズアップされる点は、これまで選手会を歯牙にもかけなかった球団オーナーが、初めて選手会と一つのテーブルを囲み、なおかつ持論を大きく転換させるまでに至ったことだろう。その背後に、世論の大きな圧力があったことはすでに述べたとおりである。
 ここで世論の声とファンの声を混同してはならない。プロ野球を愛する者と、そうでない者とでは、プロ野球改革の持つ意味合いが大きく異なるからだ。

 そもそも、今回の騒動を通じて、世論の関心はプロ野球の未来そのものからは少しずれたところにあった可能性が高い。それを立証するために、ここでは二つのデータを引用する。
 NHK放送文化研究所が9月に実施したアンケートによると、選手会によるストライキを「支持する」声は有効回答数全体の78%にも及び、12%にとどまった「支持しない」声を大きく上まわった。支持する理由については、「1:選手会側の要求に球団側が誠実に答えていないから」が40%、「2:球団の合併によって選手や職員の雇用に大きな問題がでるから」が18%、「3:球団側が球界再編の将来展望をきちんと示していないから」が40%、「4:その他」、「5:わからない」がそれぞれ1%、2%となっていた。
 ここで、「1」もしくは「2」と回答した人、ストライキ賛同者の58%までは、労使間交渉として今回の騒動に注目していたことが分かる。58%の人々にとって、球界の将来図はあくまでも二番手の問題でしかなかったのである。
 このことを別方面から裏づけるデータもある。朝日新聞社による電話調査によれば、6月の時点で「2リーグ存続」を訴えた声は40%に止まったのが、8月の時点では存続派が73%に増えた。しかし、11月中旬に日本経済新聞社が行った世論調査によれば、「2リーグ制を維持するべきだ」と答えた人は再び全体の42%に止まっている。
 なぜ、球界と選手会の交渉が佳境を迎える8月だけ、「2リーグ支持」を訴える声が急激に増えたのだろうか? そこには、選手会への支持の高まりが、選手会が訴える2リーグ制の支持に直結したというカラクリがあったように思われる。言い換えれば、2リーグか1リーグかという問題は、世論では簡単に意見が変わる問題にすぎなかった、ということでもある。
 世論が盛り上がっていくプロセスを辿ってみよう。「誰が『プロ野球』を殺したのか!」(祥伝社)のなかで、著者の永谷脩氏は、合併反対のムードが一気に高まりを見せたのは、ライブドア堀江貴文社長が7月4日、大阪ドームに登場してからのことだと主張する。ライブドアは6月30日に近鉄買収の意思表示を示していたが、当時の読売巨人軍渡辺恒夫オーナーはそれを一蹴した。その後、堀江氏は薄皮を一枚一枚剥いでいくかのように、ライブドアが近鉄を買収できないことの非合理性を説明していった。結果、「やむをえない帰結」という正当性を失った合併という選択肢は、世論の反発を買い、それを押し通そうとするオーナーは理不尽と言われても仕方ない状況に追い込まれていった。オーナーの主張してきたビジネスとしての正当性が、ライブドアの登場によって大きく揺らいだのである。
 そのようなオーナー側の劣勢に追い討ちをかけたのが、7月8日に渡辺恒夫氏の口から飛び出した「たかが選手」発言だった。これによって選手に対する世論の同情は一気に高まり、それと反比例するように傲慢な経営者イズムに対する反発も跳ね上がった。
 こうして、必ずしも必要ではない強引な合併劇に振り回され、意見を述べる場さえ与えられない選手会は、夢を与えるスターから悲劇のヒーローへと一転したのである。

 このように球界再編問題と言われながら、世論の関心は球界の未来そのものではなく、選手会VSオーナーという労使間交渉の帰結へと集約されていった。そして、その傾向をそもそも方向づけ、助長したのがメディアによる報道だったことも忘れてはならない。
 6月13日以降、球界再編問題は常にメディアの中心を占めるようになり、それが世論の土台になったことは間違いない。理想から言えば、メディアでの論争は常に球界の未来を第一に見据えて、慎重に展開されていくべきだった。
 しかし、現実は違った。メディアは選手の意見に耳を傾けない経営者に痛烈な批判を浴びせ、「たかが選手」発言以降、その傾向はますます顕著になっていった。時代錯誤の論理をふりかざす傲慢な経営者と、泣き寝入りの窮地に立たされた選手会。メディアは強者と弱者を明確に描き分けることによって、選手会VSオーナーという構図を世論の意識に定着させていった。
 論点を単純化した対立構図は受け手にとってわかりやすく、ニュースとしても見栄えがいい。再編騒動そのものがコンテンツであり、それに演出を加え、売り込みをかけるメディアとすれば、そのような構図の設定は視聴者の感情的な部分に訴えかけるベストな手法と言えた。
 しかし、対立ばかりが強調される報道は、どうしても勝敗や優劣といった相対的評価に観る者の視点を追いやってしまい、肝心の絶対的な評価を疎かにさせた。メディアの報道のなかで、プロ野球の未来という議論の本質的な部分に対する言及は少しずつ減っていった。
 そして、選手会によるストライキを経て、迎えた9月23日。新規球団の参入に関する譲歩案を約定したことで、選手会と経営者の交渉は終焉を迎えた。それは、選手会VSオーナーという構図で騒動を見守ってきた世論にしてみれば、十分満足に値する選手会の勝利として映った。
 これによって充足感をえた世論の合併問題に対する関心は急速に冷めていき、メディアも楽天VSライブドアという新しい抗争関係の報道にすぐさま軸足を移していった。その狭間で、近鉄とオリックスの合併が承認されたという事実は、磯部近鉄選手会会長の涙とともに、大いなる犠牲としてその日かぎりの同情を買うにとどまった。
 こうして、元々は近鉄とオリックスの合併問題として始まった話が、合併承認という結果について十分に語られることなく終わってしまった。同様の弊害は、楽天VSライブドアという新規参入合戦にもそのまま指摘される。球界の未来を考えれば、どちらの企業が参入するかは枝葉の問題にすぎず、本題はどのような資格と理念を持った企業が球界経営にふさわしいかという絶対的な基軸を設定することだった。そのことには十分に言及されず、楽天の当選、ライブドアの落選という結果だけがクローズアップされたのは残念なことである。

 2004年は始まりの年にすぎず、プロ野球問題はむしろこれからが本番だ。12球団2リーグという体制が保持されたから、一安心という話ではまったくない。旧体制が維持されたのは、むしろマネーの論理だけを球界に持ち込み、経営責任の常識を持ち込まなかったオーナーに批判の声が高まった帰結にすぎず、12球団2リーグという体制に何ら合理性が見出されたわけではない。
 逆に、球団赤字をいかに解消するかという問題は、旧体制のなかで模索するという縛りを設けられてしまった。オーナー側が説明責任を果たしたうえで、適切なプロセスを踏んでいれば、合理的な帰結として球界規模の縮小という方策も十分採りえたと個人的には考えている。その可能性を無碍に摘んでしまったのは大きな損失であり、選択肢が狭められたなかで、いかに球界のビジネスとしての健全化を図っていくか、改革の真価が問われるのは今なのである。
 しかし、協調関係が保たれているうちは、メディアがそれを大々的に取り上げることもない。藤原帰一氏がテレビで語っていた言葉を、ふと思い出した。
 「人は戦争の記憶は覚えているのに、平和の記憶はなぜすぐに忘れてしまうのだろう? 」
 戦争の報道はニュースになるが、平和の報道はニュースにならない。しかし、球界が生き残るための戦いが行われているのは、まさに今なのである。

 話をファンに戻そう。世論の盛り上がりと、それが球界に及ぼした影響についてはここまで語ったとおりである。登場人物は、オーナー、選手会、そして世論の三者であり、そこにファンの影を見出すことはできない。
 なぜ、ファンの声はクローズアップされることがなかったのか?今日、社会に大きなインパクトを及ぼすためには、メディアの波に乗ることが不可欠である。ファンの声が耳に届かなかったというのであれば、それはメディアによって代弁されなかったという事情があるのは間違いない。
 では、なぜ今回の合併劇を通じて、ファンの声はメディアに乗らなかったのか。その理由として、メディアの側でファンの声と世論の声を分けて伝えるインセンティブが欠けていたことが挙げられる。
 今回の騒動を通じて、ファンの声もまた、選手会の全面支持という形で概ね結束を固めていた。もちろん、そこにはオーナーによって虐げられた選手会を後押しするという意味合いもあったが、一方で経営者から黙殺されたファンには、交渉の席に座る選手会を自分たちの代弁者にするという選択肢しかないという事情もあった。
 結果、選手会を支持する世論のなかに、ファンの声とそうでない者の声が入り混じってしまった。ファンの声が世論の波に吸収された形であるが、ファンとしても世論の波に乗ることで選手会の背中を強力に後押しする推進力を得ることができた。報じるメディアの側にしてみれば、同じ選手会支持という立場に集約されるのであれば、ファンと世論との間に境界線を引く必要はなかった。こうして、ファンの声は世論の声にいい意味でも悪い意味でも埋没していったのである。
 世論の後押しを受けた古田敦也選手会長を中心としたプロ野球選手会は、オーナーの横暴に待ったをかけたヒーローとして語られることが多い。確かに、ファンの願いを直接聞き入れる立場にいた選手会の意見は、ファンのそれと非常に同調的だった。しかし、最終的に選手会にはあくまでも選手の雇用を考えなければならないという現実的な事情があり、理想論を語るファンの完全な代弁者にはなりえなかった。ファンが選手会を全面的に支持していたとは言っても、そこには立場や目的に微妙な違いがあったことを忘れてはならない。そして、その違いを指摘しなければ、球界の未来を照らす光を見失いかねない。

 ファンの声とは何だろう? 確かな形があるとすれば、それは122万票にも及んだ近鉄とオリックスの合併に反対する署名に尽きるのではないだろうか。
 必ずしも122万人全員が近鉄とオリックスの優良な消費者であったはずはなく、また、ある必要もない。122万人がまったく同じ意見であったはずがないし、合併という帰結が残す傷口もそこには122万通りあるだろう。さらには、単に選手会の立場に同情して署名しただけの人もいるだろうし、インターネットによって署名自体が容易に行える背景も考慮しなければならない。
 それでもなお、122万という数字には隠然たる意味がある。それぞれの生活のなかで、それぞれの思いを見つめなおす過程で、結果的に122万人が署名を厭わなかった、それこそがプロ野球の文化的側面として重視されるべきであり、ファンの声として尊重されるべきだからだ。
 むしろ、結果的に12球団2リーグという結果にいたることが9月23日の時点で容易に想像がついたのであれば、近鉄とオリックスの合併を押し切ることの必然性は皆無に近かった。ライブドアという球団の買収に手を挙げる存在がいて、それに売れなかったことの合理的な説明はいまだなされていない。あまつさえ、ライブドアが新規参入合戦に敗れた後で(正確には落選が世間に発表される前に)、西武ライオンズの買収を打診されていたことも報じられている。そういった事情に鑑みれば、結果的に二つの球団を潰して一つの球団を作るというプロセスを踏むことには、ビジネスの側面からも文化の側面からも122万という数字を覆すだけの合理性はない。
 今回の騒動に犠牲者がいるとしたら、それは誰だろうか? 当初の懸案であった近鉄の経営権の処理は果たされ、選手の雇用も確保された。
 結局のところ、涙を呑んだのは合併という帰結によって帰る場所を失ったファンだ。それぞれの生活のなかで喪失感を覚えたすべての人が、今回の騒動のまぎれもない犠牲者なのだ。それは55年という歴史を背景に育まれてきたプロ野球の文化としての理想像を考えるうえで、非常に大きな損失だったのではあるまいか。

 このように、ファンの声は常に世論の声と一緒くたにされてきた。世論の合併論議に対する関心が急速に冷めていくと、それまで世論の声と重なりあうことで影響力を発揮してきたファンの声もまた、社会の隅へと追いやられてしまった。後には誰もファンの叫びに耳を傾けようとはしなかった。こうして、ファンの声は一度もそれとして認識されないまま、騒動の沈静化を迎えた。
 今、その無念をクローズアップしてもいいのではないか。ファンという一般名詞で語るのではない。一人一人の顔を取り出して、それぞれの生活のなかで、それぞれの愛し方に焦点を当てて、プロ野球ファンになるということはどういうことなのかを考えてみてもいいのではないか。
 次章では、なぜ人はファンになるのか、ファンになるとはどういうことなのかを考えていきたい。一つには、プロ野球の文化としての側面を考える一助とするため。一つには、今回の騒動が生み出した悲しみを知るため。

好きって何ですか?

 幸い、雨ではなかった。しかし、晴れでもない。曇り。それも一部の雲間さえ見出だせない、完全な曇り空。
 8月11日午前9時、大阪近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブの合併反対を訴える第2回デモ行進が日比谷公園をスタートする。時刻はすでに午前9時を少し回っていた。東京メトロ霞ヶ関駅を飛びだした先に待ちうけていた空模様は、今にも声をあげて泣きだしそうだ。
 雨が降る可能性のほうが高かった。それでも、一筋の光が差す可能性がゼロでないのであれば、そこに集う意味はあった。コンクリートから染み出す熱気が身体を蒸す。滴り落ちる汗。干あがる喉の奥。刺さる好奇の視線。浴びせられる嘲笑の声。
 しかし、新橋を経由し、日比谷公園に帰ってくるまでの約1時間、魂の叫びは決して枯れなかった。

 1989年、近鉄バファローズは9年ぶり3度目のリーグ優勝を果たした。当時の球団帽子を目深にかぶった男性は、色のついたサングラスをかけ、バファローズのタオルで口元を覆って、デモに参加していた。
「前回ね、ライブドアの堀江社長の会見を見に行ったとき、社長の後ろでおもいっきりテレビに映ったんですよ。その日は休みやったからよかったけど、今日は実家に帰るからって言って、無理して盆休みを一日早く会社からもらったからね。ばれるとまずいんですわ」
 噴出す汗が止まらない。真夏の重装備は顔を隠すためのものだと、男性は恥ずかしそうに明かした。年齢は30代中頃。小気味よい関西弁がデモの最中から印象的だった。
 小学生のときから生粋の近鉄ファンだった。きっかけは地元大阪のチームということ。阪神タイガースは兵庫のチーム。大阪のチームは近鉄バファローズ以外にはありえなかった。
 そんな近鉄がなくなると聞いたとき、これ以上の悲しみなどないというくらい思いつめ、同時にずっと愛してきた近鉄のために何かがしたいとも思った。そんな折に、今回のデモのことを偶然知り、いてもたってもいられなくなって参加した。
「近鉄には近鉄の伝統的なチームカラーがあるからね。それが合併によってなくなってしまうんはホンマに悲しい。選手もバラバラになってしまうしね。パ・リーグがなくなることにも反対やね。パ・リーグにはパ・リーグのよさがあるから。味がある。
 新しいチームなんか絶対応援せえへん。合併チームなんかに愛着持たれへんよ。ファンはやめる人多いやろね。近鉄が残る以外に方法はないね」
 会社を休んでまで、顔を隠してまで、デモに参加する。デモは確かな抗議の手段だ。しかし、そこにどれほどの生産性があるかは正直なところ疑わしい。
 それでもデモに参加しようと思ったという男性。彼の中で、近鉄バファローズという存在は一体何なのか?
「勝ち負けだけで明るくも暗くもなるし、それだけで気分が違うというか、そんな感じかな。色々教えてもらったよ。何事もあきらめたらアカンとか、執念とかね。色々(近鉄を通じて)勉強することもあった。選手が苦労して、頑張ってる姿とか励みにもなるしね」
 なぜそこまで近鉄を愛するのか? プロ野球に、近鉄に求めているものは何なのか?
「そんなん言われても難しいな・・・・・・」
 そこで初めて男性は考える仕草を見せた。
「やっぱり熱い戦いとか、そういうのかな。そもそも野球は好きやけど、でもやっぱり近鉄のいるプロ野球が好きやねんな。近鉄がおらな応援したいとは思わへん。何なんやろな。よくわからんわ」
 意地悪な質問をしてみた。近鉄の本拠地が大阪でなくなっても応援できるか?
「それはやっぱり大阪にいてほしいけどね。でも、チームがそのままなら応援できると思うよ」
 きっかけは大阪。しかし、今はただバファローズというチームが好き。理由は自分でもよく分からない。  ただ、好きだという強い気持ちに偽りはない。その思いが男性に行動を起こさせる。
「近鉄だけが12球団で唯一日本一になってへんからね」
 男性は最後に、近鉄にとっての、そして自身にとっての悲願を熱く語ってくれた。
 しかし、夢は決して叶うことはない。近鉄バファローズの来シーズンは、二度と来ないからだ。

「悲しいですよ、やっぱり。球団が消滅してしまうっていうのは」
 近鉄の赤でもオリックスの青でもない。オレンジ色のハッピは、広島東洋カープのそれ。
 その日、デモに参加していた21歳の男子大学生は、ひいきではないチームに寄せる思いを口にした。 今回の球界再編問題で広島カープが話題にのぼることはほとんどない。それにも関わらず、今回の問題をとても身近に感じているという。
 ファン歴はそれほど長くなく、今年で6年目くらいという。熱狂的なファンを地元に抱えることで有名な広島ではあるが、彼の場合は少々違う。
「ほら、広島ってお金ないじゃないですか。何かそれがかわいそうで」
 広島を好きになった理由を尋ねられると、彼は照れくさそうに言った。その言葉を聞いて、ひねくれた自分は思った。ただ貧乏な球団というのなら、広島の他にも枚挙にいとまはない。他に何か直接のきっかけはないのか?
 それを尋ねると、彼は考えこんでしまった。悪いことを聞いてしまったとこちらが恐縮してしまう。それでは、と質問の矛先を変えてみる。広島カープとはあなたにとってどのような存在ですか?
「僕にとってですか・・・・・・」
 そうつぶやいた彼は再び思考の海に沈んでいった。しかし、今度の悩み方は先ほどまでとは様子が違う。答えが見つからないというより、愛情を示すに足りるだけの最適な表現が見つからないといった感じだ。
「いやあ、かけがえのない存在というか。すでに身体の一部みたいなもんですかね」
 すかさず相槌を打った。それでは、広島が勝つだけで一日幸せになれるとか、そういう感じですか?
「いや、そんなこともないんですよ。広島の場合、お金がないのは分かっているから、そんなに強くなくても、例えば優勝とかしなくてもいいんですよね。
 もちろん、(優勝を)期待しないというのではないですよ。それは頑張ってほしいですけど。でも、勝ち負けだけとかじゃないんですよね」
 彼は苦笑して言った。勝負の醍醐味とは明らかに矛盾する正直な思いに、彼自身も少々戸惑っているようだ。
 勝たなくてもいいとまで言うと語弊はあるのだろう。しかし、勝ち負けを超越した思いが存在することもまた事実だ。強さではない。地域愛に根ざした愛情でも、勝利に対する渇望でもない。では、一体何が彼を広島ファンにしているというのか? そもそも彼にとって、広島カープのカープたりうるアイデンティティとは何なのか?
 広島が近鉄と同じような立場になったら合併球団を応援できるか、との質問に、彼はすかさずノーと答えた。一方で、カープが広島を本拠地としなくなったとしても応援できると言った。カープが金持ちになったら? その質問は一笑にふされてしまった。
 では、選手についてはどうか? 彼が初めて購入した広島カープのユニフォームの背中には、ETOのネームが入っていた。江藤は広島不動の4番バッターとして活躍した後、99年オフにFA宣言をして巨人に移籍した選手だ。
 長く応援してきた選手が移籍した。それでも当時はただ寂しかったというだけで、広島に対する思いには一切の陰りもなかったと言う。愛着を抱いていた選手でさえ、広島を出てしまえばよそのチームの選手になる。逆に広島に移籍してきた選手であれば、旧来の選手と分け隔てなく応援できる。
 やはり、ここでも愛情はチームそのものに集約される。
 なぜファンであるのかとの問いかけに明確な答えはない。ただ、その一途な思いは広島カープというチームに結ばれ、広島カープを含むプロ野球界全体に注がれる。
 インタビューを終え、ベンチを立ち上がろうとしたとき、彼は笑って言った。
「広島の応援ってスクワットするんですよ。それを一日やると、次の日とか太股が筋肉痛になって大変で……。それでもやっぱりまた応援に行っちゃうんですよね」
 昨日から広島は神宮球場でヤクルトスワローズとの3連戦の最中である。もちろん彼は今日も球場に足を運ぶと言う。

 ファンの声を集めた結果、わかったことがいくつかある。まずは、ファンになる動機についてだ。
 ファンの口から語られる動機はまさに十人十色である。近鉄ファンの男性のよう

投稿者 坂本 : 2005年03月02日 13:47

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.journalistcourse.net/blog/mt-tb.cgi/9

コメント

まず、今回の作品に協力してくださった皆さんに感謝いたします。

拙文ではありますが、皆様からご感想をいただければ幸いです。コメント欄でも個人宛てのメールでも対応させていただきますので、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

なお、今回の作品は暫定的な完成段階にあり、随時文章表現等変更していく場合がありますが、ご了承ください。

投稿者 sakamoto : 2005年03月02日 14:24