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2005年03月22日
『犯罪者の仮面を被らされた者たち Vol.1』遊佐春奈
はじめに
女の人たちが近所のアパートにやってきたのは10年くらい前のことだった。
当時中学生だった私は毎日その前を通って通学していた。彼女たちは、夕方になるといつもミニスカートにサンダルを履いてアパートの前にたむろしていた。6~10人はいるだろうか。暗くなると車が迎えにきて、中から2~3人の黒服の男たちが出てきた。私は、足早にその前を通り過ぎるのだった。目を合わせてはいけないような気がして。彼女たちは、一部屋4~5人くらいで住んでいるようだった。時折、部屋から罵り合いのような声が聞こえた。そのアパートのゴミ集積所はいつも分別されていないゴミでいっぱいだった。
「外国人はゴミを分別しないからねぇ」とか、彼女たちは「フィリピンから来て水商売をやってる」んだとか「臭い」とか、近所で不満を言う人もいた。彼女たちに何をされた訳でもないが、私は何だか不安を感じていた。たぶん、テレビで外国人犯罪が増加したとか不法滞在者の摘発だとかが取り上げられていたのが影響したのだろう。その時は、なぜ不法滞在者が増加しているのか、疑問に思う余裕もなかった。とにかく帰ってほしかった。それだけ強烈に不法滞在者と凶悪犯罪のイコール関係が脳みそにこびり付いていたのだ。特に外国人ホステスが入管に連れて行かれるシーンを見ると不安でたまらなかった。うちの近くにいるフィリピン人女性もこの人たちと関係あるのだろうかと。
それから10年、不安は変わらない。しかし、それは彼女たちに対してではない。彼女らの背後にある、俄には信じたい現実を知ったからだ。そして、それを問題視してこなかった自分も社会ももっと恐ろしい。
内閣府が外国人労働者の受け入れに関する世論調査(平成16年5月13日~5月23日、全国20歳以上の者3000人を対象に実施)を行っている。観光客として入国した外国人、外国人留学生などがホステスや作業員として働き、収入を得ることは「よくないことだ」と答えた者(1468人)にその理由を聞いたところ、図(http://www8.cao.go.jp/survey/h16/h16-foreignerworker/images/zu16.gif)のように「治安、風紀が悪くなるから」を挙げた者が72.5%と最も高かった。一方、「よくないがやむを得ない」と答えた者(509人)に、その理由を聞いたところ、図(http://www8.cao.go.jp/survey/h16/h16-foreignerworker/images/zu17.gif)のように「その人が得た金で家族が暮らしていけるから(47.5%)」「その人が納得して働いているのだから(36.3%)」が上位を占めている。
この日本社会全体の意識の縮図が、フィリピン人女性が住んでいるアパートの周辺住民が彼女らに向ける視線と意識であるような気がする。「ゴミは分別しないし、水商売なんて『治安、風紀が悪くなる』」「でもまぁ『その人が得た金で家族が暮らしていける』わけだし」と。
メディアでこの不法就労者に対する意識について取り上げられたのは、「外国人の不法就労を『よくないことだ』と答えた人は70.7%と00年の前回調査の49.2%から大幅に増加。『よくないがやむを得ない』という消極的容認派も、前回の40.4%から24.5%に減った」(『朝日新聞』2004年7月25日)ということに関してだった。世論調査の目的が外国人労働者受け入れに関する国民の意識を知ることだったのだから、関心の中心もそこにあるのは当然であろう。しかし、意図していないところに国民の深層心理が顕著に現れている。「よくない」と思っていようが、「やむを得ない」と思っていようが、その意識にさほどの差はない。「よくないことだ」と答えた者で、「買春などで外国人自身の人権が侵害されるから(49.2%)」を挙げた者もいるが、過半数の人が性産業に従事している外国人女性の背景に何があるかなど気にも止めていないのだろう。
では、彼女らの背後にある、信じがたい現実とは何か。そこには、納得して働いているとはとても言えないような世界が広がっている。
1.耳を疑うような事実
あるフィリピン人女性の証言
笑顔で露店の店番をする女性がいた。川崎にJFC(Japanese Filipino Children)の劇を見に行った時のことだ。よく見ると見覚えのある顔だった。彼女には日本で経験したつらい過去がある。今のいきいきした姿からは想像もつかないような。露店の近くでは先ほど劇を公演していた子どもたちが走り回っていた。その中で1番ちっこくてかわいらしい少女がいた。「母親と顔がそっくりでしょ」。露店の日本人スタッフが言う。彼女の母親も日本で移住労働者としてつらい経験をしていた。その少女は、その時、日本人客との間に生まれた子どもだ。彼女は未だに父親の顔を知らない。
これは、国際シンポジウム「ケーススタディーからみる人身売買の被害の現状」でのフィリピン人女性2人の証言である。どちらも外国で働くことに希望を持って遥々日本にやってきた若者だった。
<アグネスさん(仮名)のケース>
学校に行けないため、勉強するお金を稼ぐために日本のエンターテイナーになった。いとこがそれを紹介してくれた。
若かったのでエージェンシーの言うことを信用した。その時、21歳だったが、姉(23歳)の書類を使って渡航資格を得た(1991年、日本へ出稼ぎに行ける最低年齢が18歳から23歳に引き上げられた。2001年から再び18歳に引き下げられた)。そして、マニラでダンスのレッスンを受けた。
日本では帰るのが嫌になるほどの屈辱を受けた。成田に着いて、クラブへ連れて行かれた。そこは言われていたホテルではなかった。(プロモーターに)パスポートを取り上げられた。すけすけの服を着せられ、陰部を触られたり恥ずかしい仕打ちを受けた。毎日、もしくは一週間に一度同伴をしなければならなかった。同伴は女性から誘うからセックスOKと思われて、強要される。(来る前に)アーティストレコードブック(芸能人登録手帳)に書かれていること以外やらなくて良いと言われていたが、何も文句は言えなかった。
エンターティナーはますます危険になっている。ホステスとしての需要がある限り、エンターテイナーのスキルは意味をなさない。
DAWN(*1)で活動して自信を取り戻せた。
現在、彼女はフィリピンでDAWNのコーディネーターの仕事に就いている。
<マリアさん(仮名)のケース>
フィリピンでは夫からひどい仕打ちを受けた。20歳のとき、子供を育てるため日本でエンターテイナーの仕事をする決意をした。
7人でダンスのレッスンを受けた。オーディションに受かって日本人のプロモーターに付いて行くことになった。あとの6人は他のプロモーターになったので、とても不安になった。
日本に着いたら、パスポートを取り上げられた。そのこと(パスポートを取り上げられること)が法律で禁止されているとは知らなかった。
京都福知山にあるクラブで働かされることになった。店の光景を見て驚いた。キスされたり愛撫されたり抱きつかれたりする店だということを初めて知った。セクシーな洋服を着るように要求された。客の横に座って酒を注ぎ、ボトルを多く空けると店が儲かるしくみになっていた。酔っ払うと客が恥ずかしい注文をした。センターステージで裸で踊らされたこともあった。ある風邪薬を飲むと酔いが回るのが遅くなると勧められて飲んだら、中毒になってしまった。
同伴は危険な目に遭うことがある。それを知らないで、一回目は店の人に連れて行かれ、同伴させられた。モーテルに連れて行かれたこともあった。言い寄ってきたから拒否した。
別のクラブへも連れて行かれた。これはフライングブッキング(飛ばし。本来働く予定だった店とは違う店で働かせる)という。
6ヶ月の契約だったが、3ヶ月で帰る決意をした。プロモーターからもらった給料は最初に約束した額より遥かに少なかった。
2回目に日本に来るときは別のプロモーションエージェンシーを選んだが、同じような待遇だった。クラブの二階に別のエンターティナーと一緒に押し込まれて暮らしていた。日本人客と恋に落ちて2人の子供を儲けた。その人は、ある時から連絡がつかなくなってしまった。もう1人の客とも酔っ払って(セックスを)拒否できず1人儲けたが、認知してくれなかった。
現在、34歳の彼女はDAWNのSIKHAY(*2)プログラムで職業訓練を受けている。
1回目に来た時にそんなひどい仕打ちを受けたのにも関わらず、なぜまた日本に来ようと思ったのかと疑問に思うかもしれない。彼女たちは2回目は1回目よりもマシな待遇になると信じている。
<小さな犠牲者たち>
DAWNは227人の女性とその子どもたち277人を支援している。その内90人の子どもたちは日本人の父親からの連絡を取ることができるようになったり、なんらかのサポートを受けられるようになった。つまり、3分の2の子供たちは父親と連絡がつかない。理由は様々だが、多くは日本人男性が妻子持ちであるにも関わらず、フィリピン女性との間に子どもをつくったことに拠るという。
劇の公演のために来日した子供たちの中には、父親と再会できた子どももいた。最年少7歳の男の子は、スタッフが「昨日お父さんと会えたんだよねぇ」とタガログ語で言うと満面の笑みを浮かべた。公演の前日に写真でしか知らなかった父親と会えたのだという。しかし、来日しても会えないことも多い。日本人男性、フィリピン女性、どちらが悪いとは一概には言えないかもしれないが、犠牲になるのは子どもたちだ。
フィリピン女性エンターティナーの実態
彼女たちが日本に働きに行くことを気軽にさせているものに興行ビザがある。興行ビザの該当例は、俳優、歌手、ダンサー、プロスポーツ選手等だ。しかし、この興行ビザで入国したフィリピン女性エンターティナーは、合法的に入国していながら、契約やビザの名目とは異なる仕事をさせられているというのが実態だ。現に彼女らはダンスのレッスンを受けて、日本でダンサーとして働けることを夢見て来ている。だが、日本に到着したらパスポートを取り上げられ、待っていたのはホステスの仕事。当然、ダンサーになるために受けてきたレッスンはすべて無駄になり、そのスキルを一度も使うことはない。
フィリピン側の統計によると、日本へ向かったフィリピン人労働者(9割はエンターティナー)は、2002年には7万7870人おり、その内、興行ビザで入国したフィリピン人女性は6万9986人である。この数が「合法的な」人身売買システムの被害者であるとすると……。もちろん全員被害者であるという証明はできない。興行ビザで入国してダンサーなど名目通りの仕事のみをしている人は被害者とは言わないだろう。興行ビザがバンドなどの芸能活動のみを行う人の入国に厳しく限定されていた1980年には、フィリピン人興行ビザ入国者数は1万3407人であったというから、ビザの名目通りの活動をしている人の数はこれくらいかもしれない(男性も含む数。女性だけならもっと少ないだろう)。残りの風俗産業で働く女性の中でも、全員が被害者ではないと入管側は強く主張する。外国人ホステスは承知して働いていると思っている日本人は多い。具体的な数で示さないと。初め私は人身売買の被害者は日本にどのくらいいるのか証明するのに躍起になっていた。しかし、ふと思った。被害者と被害者ではない人の違いって何だろうか。その無意識な選別こそが解決を遅らせてきたのではないかと私は思う。
すべては公認の下
そもそも、このような事実があるにも関わらず、なぜ、入管は興行ビザを放置しておいているのだろう。実際、入管職員に聞いてみた。法務省入国管理局の人身取引防止の仕事に携わっている職員が電話取材に応じてくれた。本当は直接会って顔色を窺いつつ質問したいところだが、忙しいとのこと。それでも、2時間もの間、かなり無礼な質問もあったが嫌な声1つ出さず、真摯に答えてくれた。と、わざわざ断っているのは、度々出てくる彼の発言が、特別人柄が悪くて発せられたものではないということを言いたいのだ。入管職員であるがための発言、あるいは、日本人の一般的考え方はこうなのかもしれないとさえ思う部分もある。
「えっ、放置って言われると耳が痛いんですが……」電話の向こうで職員の声は明らかにとまどっていた。私は慌てて丁寧な言葉に言い直す。「分かっている上でやっている、黙認している訳ではないということは分かっていただきたいのですが」。いや、分からない。実際、フィリピン人エンターティナーが合法で入って来ていながら、違法なホステスの仕事をさせられているという事実があるにも関わらず、フィリピン女性の興行ビザでの入国は増える一方だ。黙認しているのでなければ、この状態は何なのかということが知りたかった。もしかしたら、日本ではホステスの需要があるから違法な労働となっても仕方ないと考えているのでは? 「そんなことはありません。誤解しないでいただきたいです」。すごく丁寧に言ってくれているのだが、これは説明ではない。
ならば、誰かにきちんと説明してもらおう。
2004年9月に人身売買の実態に関する日本政府調査団はフィリピンを訪れ、DAWN事務所を訪問した。「日本政府と協議した際にも、政府が人身売買に関わっている訳ではないと言っていたが、では、なぜ合法的に来ているのに違法に働かされているのか」とシンポジウムのために来日したDAWNの代表も疑問を抱いていた。DAWNの日本事務所のスタッフにもメールで同じような質問をしてみた。
――女性エンターティナーはほぼ人身売買の被害者と考えてよろしいのでしょうか。もしそうだとしたら、日本の政策にかなり問題があると思いますが、そういったことを訴えるなどといったこともしていらっしゃるのでしょうか。また、人身売買の要因の一つに興行ビザがあるのならなぜ日本政府はそれを放置したままにしているのだとお考えになりますか。
「日本での就労実態を隠して女性たちを『芸能人』として日本に送り込む」という現状が、日比両政府の公認の下で行われていることや、ほとんどの関係者(場合によっては当事者も)が日本で彼女たちのする仕事が「ホステス業」であるにもかかわらず、それを公には認めていないこと、などの実態を、政府も関与する制度的な「人身売買」の一形態である、という風に理解しています。(少し複雑な理解かと思いますが)そうなると当然日本政府の興行ビザの発給や、あるいはむしろ、そうした接客業の外国人労働者が必要であるのならば、なぜそれに適したビザを発給しないのか(ご存知のように、日本政府は「単純労働」分野での外国人労働者には門戸を閉ざしています)、という問題が出てきます。
DAWNではもちろん、日本政府に対するはたらきかけを日比双方で行っていますが、日本政府はごく最近になって(実質的にはアメリカによる人身売買報告書で名指しされて以降)、ようやくこのビザの問題に「関心を示したふりをしている」といった感じです。
実際、彼女に会いに行くと、いかに制度的な人身売買であるか、さらに説明を加えてくれた。
エンターティナーたちが日本に渡航する前に、エンターティナーたちをリクルートし、ダンスのレッスンを受けさせ、日本への渡航手配をする民間斡旋・訓練業者(いわゆるリクルーターやプロモーター)は、政府や大使館などが承認している。エンターティナーたちは月収20万ほどの中から訓練代と斡旋料として没収され、実際もらえるのは10万くらいだという(3万4~5000円というケースも)。つまり政府が人身売買のブローカーを公認しているということになる。これについて日本政府側は「フィリピンが送り出しているから」と言い、フィリピン政府側は「日本が受け入れるからだ。嫌ならやめればいい」という具合になすりつけ合っている状態だという。
ここで、「合法的な人身売買」という言い方に違和感を持つ人がいるかもしれない。私がこれを調べてから随分経ってから「人身売買扱いしないでほしい」というエンターティナーたちの訴えが記事になっていた(「『私たちは売春婦じゃない』『訓練されたアーティスト』。フィリピン女性ら約1500人が16日、プラカードを手に、マニラの日本大使館を取り囲み、興行ビザ発給削減の方針を撤回するよう求め、気勢を上げた」朝日新聞12月25日夕刊)。私自身、この後フィリピンパブを訪問し、彼女たちが誇りを持って働いていることを知る(Vol.2参照)。しかし、人身売買と呼ぼうが何と呼ぼうが、彼女たちを取り巻いている問題は変わらない。
承知しているか否かは問題ではないはずでは?
入管側の言い分としては「黙認しているわけではない」。しかし、合法で入国したエンターティナーが違法なホステス業をしている事実は入管も知っている。事実を知った時点で、エンターティナーとしての本来の仕事に就いているかチェックすることもできたはずだ。その上で何も措置をとってこなかったということは、黙認しているのと何ら変わりない。ただ、エンターティナーとしての本来の仕事に就いているかチェックするという作業は言うが易しで、実際はコストも手間もかかる大仕事だろう。しかし、政府に少しでも問題意識があったならば、率先して動いていても良いのではないか。それだけの手間をかける必要がないという判断が働いたのだと推測する。そう推測したのには理由がある。先ほどの興行ビザに関する質問の最中にこんなやりとりがあった。
「こう言うのも何なんですが、フィリピンの女性が承知して来ていることも考えられますし」
――レストランで働くなどと言われて来たら、スナックだったという人もいるそうです。
「空港での入国審査はどうやって通ったんですかね。質問された時何て答えたんですか」
――日本語ができないからその人は何もしゃべってないのだと思います。誰か付き添いがいたんじゃないでしょうか。
「それはないんじゃないですか」
その時、私の頭にあったのはこのケースだ。その人は興行ビザではなかった。しかし、ホステスをさせられることを知らなかったのは確かだ。「成田空港で入国の際、入管職員に入国してどこに行くのかと聞かれ、『東京』のどこかを詳しくいえなかったため怪しまれ、空港で待っていた夫の姉とその連れ合いが呼び出されて説明してやっと入国できた。渡航費はこの義理の姉が立て替えた。フィリピンで聞いていた喫茶店のウェイトレスという仕事はまったくうそで、最初の仕事は、歌舞伎町のスナックでホステスの仕事であった。(中略)喫茶店のウェイトレスだといわれたのに夜の仕事で客相手に酒を飲むようにいわれて拒否したが、選択の余地はなかった。酒は飲めないのでいやだった」(京都YWCA・APT編『人身売買と受入大国ニッポン』p92~93)。また、後からタイのNGOの方に聞いた話だと、入国審査は日本人の知り合いだと何も怪しまれることなく結構スムーズに通過できるらしい。他にも偽装夫婦、偽装金持ち親子(よく世界中を旅行している=危険人物でない)など。怪しまれずに済む巧妙なやり方はいくらでもある。しかし、そんなことは入管職員の方が知っているはず。わざわざ私にそれを聞いた意図は、被害女性が嘘をつくから入国を防げない? いや……。
――ダンサーの仕事だと言われ、ダンスのレッスンまで受けて日本に来ても、ホステスの仕事をさせられたと被害者の方はおっしゃってました。
「そうですか。本当に知らなかったんですかねぇ」(腑におちない感じだ)
何だか取り調べを受けているみたいだった。
この時、電話取材が始まってすぐのやりとりを思い出した。
「国連国際組織犯罪防止条約人身取引補足議定書3条b項に、搾取(性的搾取、強制労働、臓器摘出等)の目的を持って、暴行、脅迫、欺もう、対象者を支配する者などに対する金銭の授受等を手段とした採用、運搬、移送、蔵匿、収受といった行為であれば、同意しているか否かは問わないと書いてあるから、承知して来ていた場合でも被害者となる」
そう、承知していた場合でも被害者と認定されるのかどうかは確認してあったのだ。なのに、なぜ、執拗に承知している可能性を強調しているのだろう。
「先ほど承知しているか否かは問題ではないとおっしゃっていませんでしたか」と言いかけてやめた。その時の私はまるで自分が人身売買の被害者であると訴えているような気分だった。「知らなかったんです。騙されてきたんです」と言っても、「本当に知らなかったんですか。じゃあ入国審査の時何て答えたんですか」と聞かれ、うんざりしているような、そんな気分だった。日本人の私ですらこんな質問には閉口する。ましてや片言の日本語の外国人女性だったらどうだろう。今までそうやって訴えても被害者と証明できずに入管法違反者として扱われてきた人は結構いるのではないかと思う。
同意しているか否かは問わないと条約に書いてあると頭では分かっていても、承知して来ているのなら……という意識がまだ残っているというのが実態なのではないか。これが興行ビザに関する熱心な取り組みの手間を省いてきたと推測する所以である。人身取引防止に関わる仕事をしている入管職員でもこうなのだから、関心のない人であればもっと意識を変えるのは難しいのではないかと感じた。
「承知して来ているのだから……」という考え方に、人身売買が犯罪であるという認識が本当にあるのかも疑問だ。承知していようとなかろうと女性たちは搾取され、加害者側のブローカーや雇用主などはその金で利益を得て、それが犯罪組織の資金源になっていること自体が問題であり、さらに政府が制度的に関与していることが問題である。人身取引防止に取り組んでいるのであれば、それくらいの認識を持って取り組んでほしいと思った。
さすがは人身売買受入大国と言われるだけのことはある
「それまでも全く何もしていなかったわけではないのですが、活発になったのは今年(2004年)から」。「人身取引防止に対し、法務省入国管理局ではいつ頃からどのような取り組みをしているのでしょうか」という質問に対し、そう答えたから驚いた。人身取引防止に取り組んでいると言っても今年(2004年)から活発になったというのだから、職員の意識も一朝一夕に変わるものでもないだろうと思った。さらに、驚いたのは次のやりとりだ。
――では、2000年に国連で議定書が採択されてから4年間何をされていたのでしょうか。
「厳しい指摘ですね。議定書を実現するための日本国内の法律を整備していました」
――4年間それだけをされていたわけではないですよね。4年前から刑法を改正することなどを検討されていたのでしょうか。
「それだけで4年間かかったのかと言われると厳しいですが、全く検討していなかった訳ではないです」
――今まで積極的に取り締まろうとしなかった、男性買春容認の意識。保護が足りないと言われても保護するということがどういうことか分かっていなかったなどといった指摘をNGOなどがしていますが。
「厳しい指摘ですね。4年前の時点では意識が低かったかもしれませんね」
いくら海外などから日本は人身売買への取り組みが足りないと言われていても、「いや、前から取り組んでいたんだ」と言うかと思っていたし、実際もう少し取り組んでいるかと思っていた。こんなにあっさり取り組みの足りなさや意識の低さを認めるとは思いもしなかったので拍子抜けした。80年代から問題になっているのに4年前までほとんど何もしてこなかったというのだ。
政府の規制が首を締める
しかし、興行ビザが問題あるからただ審査を厳しくすれば良いかというと、そうではない。興行ビザでの入国が厳しくなると、それでも経済的理由からどうしても働かざるを得ない女性たちは、偽造パスポートなどを使って非合法に入国したり、違法なブローカーに近づく危険を冒す。「非合法な立場であることが、日本での仕事の初めから、フィリピン人エンターティナーたちの弱みとなった。さらに重要なことは、非合法な立場であることによって、女性たちの移動、身分証明、勤務地に関して、リクルーターやシンジケート側が絶対的支配権をもつことになった」(京都YWCA・APT編『人身売買と受入大国ニッポン』p78~80)。さらに、その厳しい入国審査をくぐり抜けるためにかかるコストを借金として女性に背負わせるというもっと悲惨なことになりかねない。フィリピンにもそういうケースがあるが、タイの人身売買被害女性はほとんどが借金を背負わされている。
その借金制のしくみを、タイ人女性の電話相談などをしているNGOの代表の方(Tさん)に聞いた。
タイは他の国よりもブローカーの存在が強い。例えば、タイ側のブローカーが偽造パスポートやビザの申請など日本への渡航に関わる手続きを女性に代わってすべてやったとする。その手数料が100万くらいだとしても、利益を得たいブローカーは日本側のブローカー(ボス)に200万で女性を売る。ボスもまた利益を得たいため、女性に400万要求する(これは分かりやすくするために単純化して説明してくれたもので、実際はタイ側にも日本側にももっと多くの人たちが関わっている)。こうしてタイの女性は500万前後の借金を背負わされることになる。この金はブローカーなどが利益を得るために加算されていったもので、女性やその家族は一切もらっていない。貪欲なボスであったり条件によってはもっと高額な場合もある。それを返すのに1年以上はかかる。また、大抵、アパート代、電車代、仕送り代、服代など生活費全般が借金に加算される。全部で950万かかった人もいる。以前は300万くらいで済んだが、今は入国審査が厳しくなって偽造パスポートなどコストがかさむため、どんどん額が上がっており、また、不況で客が少ないのですぐに返せない。「(返済期間は)今後もっと長くなる」険しい表情でTさんが言った。
20年くらい前は、タイの女性もいくらかもらったり、3ヶ月など期限付きでただ働きしていた。ただ働きでも期限が付いてる分借金を返済するまで帰れない今よりずっとましだった。
いったいいつから借金制に変わっていったのだろう。なぜそうなってしまったのだろうか。「85~86年くらいから変わっていった。分からない。なぜか私も知りたい。日本に古くからあった人身売買のやり方に似てきたんだと思う」。Tさんは言っていた。
出入国管理が厳しくなってきて、フィリピンのように興行ビザで合法的に入国する手段をとっていなかったタイのブローカーは、次第に増していった渡航にかかる経費を被害者に払わせるようになっていったのではないかと私は思う。
来るもの拒んで去るもの追わず
では、具体的にブローカー対策はどのようにされているのか。入管職員は「入国審査を厳しくしたり、警察に通報している」と言っていた。しかし、規制を厳しくしたしわ寄せは女性ばかりにきている。1つは、前述の借金、もう1つに入管法や売春防止法などの違反者としての摘発。また、「不法移民に対する警察の取り締まりにも関わらず、法務省の推計による不法残留者数は1992年から1999年まで増え続けている。日本に不法滞在しているのが見つかり、強制退去させられたフィリピン人女性の数も増加傾向にある。このことは、最初に罰せられるのは女性であるが、ヤクザや、日本とフィリピンのその他の加害者たちは相変わらず悪質な女性の人身売買を続けていることを示唆しているといえる」(京都YWCA・APT編『人身売買受入大国ニッポン』p82)。さらに、フィリピン女性被害者が「風俗営業の店はもっと監視する必要がある。雇用主やブローカーなどのネットワークで入管の手入れが入る日は把握されている」と言っていた。実際、彼女のいた店でもそうやって摘発を免れていたようだ。これら入管の対策がブローカーの摘発につながっているとはあまり思えない。入管の主な仕事は入管法違反者を減らすことだからだ。
「そうですね。むしろ、それ(不法滞在者を摘発すること)が目的ですね。実際ブローカーの摘発がどれだけ進んでるかは分かりません」入管広報の職員がそう答えた。「メールでの不法滞在者の情報受付は単に不法滞在者の摘発数を増やすためのものではないでしょうか」「不法滞在者を摘発することが目的でブローカーや犯罪組織の摘発に有効ではないのではないでしょうか」という質問をした時だった。そもそもブローカーの摘発は入管の仕事ではないので、ブローカーの摘発につながっていようとなかろうと、入管側にとっては重大な問題ではないというスタンスでやっているように感じる。被害者保護についても同様で、つまり、外国人を入れるか、残すか、出すかの仕事の一部で「在留特別許可を与えるか、早く帰りたい人は帰国させる」。
これは、入管職員個々人にブローカーを摘発する意識がないとか被害者を保護する意識がないと言っているのではない。ブローカーの摘発や被害者保護の話になると、ことあるごとに「私ども公務員の仕事は縦割りでして……入管にできることは……」と説明される。入管にできることはあくまで出入国管理なのだ。それは分かった。ある意味仕方の無いことかもしれない。でも入管が人身取引防止のためにできることはまだある。それはまさに入国管理の仕事で、入管にしかできないこと。でもそれについて質問すると……。
何を頑なに拒んでいるのか
「単純労働者を受け入れるつもりはありません」きっぱり言われた。入国審査をただ厳しくするというのではなく、認めるという発想の転換はないものか。興行ビザでの違法労働を放置しておくくらいなら単純労働のビザを認めた方が良いのではないだろうか。「フィリピンからの海外出稼ぎといっても、行き先によってその内容と形態はさまざまである。アメリカには医師や看護婦などの高度な専門職の人材を頭脳流出している。またサウジアラビアおよびその隣国には、男性エンジニアや女性の家事労働者を送り出している。シンガポール、香港のほか、ヨーロッパ、アメリカ、カナダなどでも多くの女性家事労働者が働いている。日本に向かうフィリピン人労働者のほとんどが、エンターティナーとして風俗産業で働く女性である」(京都YWCA・APT編『人身売買受入大国ニッポン』p62)。女性たちは他の職業への需要と正規のビザがあれば、風俗産業で働く必要がなくなる。
なぜ? 名案だと思ったのに。単純労働者の受入については、社会保障、教育、日本人の労働への影響などの観点から、各省庁が決めている。つまり、入管だけが拒否しているわけでなく私たち日本人の受け入れる体制がないってこと。
でも、まじめに働く人には単純労働のビザを与えて不法就労を減らした方が治安にとっても良いと思うのだけど。「それは鶏が先か卵が先かって話になりますよね」またきっぱり。返す言葉がなかった。
2.「何でもない」1日
出会い
「私の名前はノイ(仮名)です」。彼女と初めて会ったのは上野駅の山の手線ホームだった。それが彼女の13年間の日本滞在、最後の一日だった。病気のためタイに帰国することになり、Tさんと一緒に入管手続きに付き添わせてもらうことになった。
ホームの先頭車両で待っていると電話が鳴る。Tさんからだ。6両目ほどのところまで走っていくと2人が立っている。ノイさんは北関東にある病院から今日退院したそうで、色々慌しかったのだろう。待ち合わせの時間から既に30分くらいが経っていた。入管との約束の時間が迫っている。軽く自己紹介して既にホームに入ってきていた電車に慌しく乗り込む。電車に乗り込む際ノイさんが「いくつですか?」と聞いてきた。
「23歳です。ノイさんはいくつですか?」
「私おばさんよ」彼女はちょっと躊躇する。
「全然そんな風には見えませんよ」
「37歳」
本当にそうは見えない。デニムにジャージのような上着、ヴィトンのリュックと格好も若いが、やせ細ったその体は中学生くらいにも見える。その歳にしてはあまりにも頼りなく、時折見せる無邪気な笑顔とその細い体を見ていると守ってあげたくなる。37歳と聞いて正直、困惑していた。彼女といると自分がたくましく思える。実際13年半もの間日本で1人で生きてきた彼女の方が何十倍もたくましいのだけれども。一方、そんな私のことが大分幼く見えるらしく、「タイに連れて帰りたい」としきりに言う。
「タイに行ったことありますよ。どの辺に住んでいたんですか」
「Sisaket(シーサケート)県」
シーサケート県はタイの東北部の農村地帯でカンボジア国境付近にある。タイから飛行機でカンボジアに行ったことがある。上空から見ていると、建物の密集したバンコクからカンボジアに向かうにつれだんだんと建物がなくなってくる。農村地帯が広がり、終いには密林が見えてくる。その辺りにノイさんは住んでいた。14年前までは。
「14年も経ったからもう変わっちゃって私どこに家があるか分からないかもしれない」。彼女はジョークのつもりで言ったのかもしれないが、私は少し複雑な気持ちになった。私がタイに行ったのは3年前だ。彼女よりも最近のタイを知っていることになる。この13年半もの間彼女は一度もタイに帰ったことがない。私は今すぐにでもタイに行くことが困難でない状況にあるというのに。タイとカンボジア一度に両方行った話をすると、「タイの踊りはこうで、カンボジアの踊りはこう」と手で踊って見せてくれる。タイの話をする時の彼女はとても楽しそうだ。
Tさんは何やら忙しそうに書類整理をしている。電車に揺られながら何気なくその姿を眺めていると、その書類を覗き見てしまった。「アレルギー 205万3725円」と書かれた病院の明細書だ。手術なしの4週間ほどの入院で200万を超える医療費。非正規滞在者には保険が利かない。もちろんこんな大金ノイさんに払えるわけがない。
品川駅に到着。これからバスで東京入国管理局へ。彼女は歩くことも困難だ。病気のせいで足腰にきているらしい。何の病気だろう。とても重症な病気なような気がして聞き出せない。
バスに乗ると、彼女が「今成田に向かってるんですか」と聞く。「いえ、これから入国管理局に行きます」。彼女の顔がとても心細そうになった。早く帰りたいんだろうな。
入管前に到着。「出頭申請→」と書いてある入り口に入っていく。彼女も「不法」滞在者だから出頭しなければいけない。不法と言えば不法だから仕方が無いのかもしれないが、出頭というと犯罪者みたいだ。被害者なんだけどな。
「帰国を希望する不法滞在者の手続きを行う入口です」と書かれたガラス張りの部屋に入る。Tさんが入管職員と何やら話し合っている。周りを見渡すと自分たちを除いて6人くらいの外国人がいる。中国人とバングラディッシュ人のようだ。いつもはもっと混んでいるらしい。以前は入管が水曜休みだったから今も休みだと思い込んでいて出頭する人が少ないそうだ。ノイさんに病気のことを少し聞いてみる。お腹の辺りを押さえて「痛い」と言う。尿を出すのも痛いらしい。
ノイさんがトイレに行くというので付き添う。トイレから出てきた彼女は、履いていたデニムがきついと言って着替え始めたので手伝う。彼女の足は子供のように細かった。「こっちは14年前に買ったけどもうブカブカ」と、履き替えたデニムのブカブカした部分をつまんで私に見せる。1サイズ以上は小さくなっている。14年前に買ったズボンをこんなにブカブカにして帰って来た娘を見て家族はどう思うだろう。日本に行かせるんじゃなかったと思うだろうか。
そうこうしている内にTさんに手招きされ、ノイさんが奥の部屋に入る。
取り調べ室
関係者の話によると、取り調べ室の様子はこうだ。
2畳ほどのブースに関係者が座って取り調べが始まる。入管職員がブースの入口を背に座り、机を挟んで出頭者本人、その隣に通訳の方。まず、「日本滞在は長いのか」などといった通訳の取り調べ、身分証明書のコピーなどを済ます。ブースには扉はなく他の職員がしばらく出たり入ったりしている。
職員の尋問が始まる。職員が質問すると通訳がそれを出頭者本人の母国語に訳し、出頭者が母国語で答えると、それをまた通訳が日本語に訳す。
――日本に来たのはいつですか?
――違う人のパスポートで来たんですか?
――その時のパスポートの名前は覚えていますか?
――日本に来た目的は何ですか?
――違う国のパスポートはブローカーにお願いしたと思うのですが、どこの国の人ですか?いくら払いましたか?
――給料はもらえるんですか?全部取られるんですか?
――もう返し終わったんですか?
(一連の質問が終わると帰国理由など書類に記入させられる。)
――日本に来るのは何回目ですか?不法入国の回数を知りたいのですが……
――日本に来て売春させられることは何も分からなかったんですか?
――日本に来る時のパスポートはどうしましたか?
(一通り質問が終わり、職員が内容を確認し始める)。
――住所が**ですね。
――生まれたところはどこですか?
――誕生日は19**年*月*日で間違いないですか?
書類確認が終わると、職員が成田空港到着後の説明を始める。「私は不法入国で……」出国審査の時こう言うようにという説明だ。その説明が終わると書類に出頭者本人の拇印を押させる。
こうして1時間もの取り調べが終わり、出頭者は写真と指紋をとりに行く。これは人身売買被害者者の取り調べの一例で、男性や人身売買被害者以外の人たちはもっと厳しくやられていることもあるようだ。関係者の話では、「見え透いたウソをついちゃいけないよ」「事実を言わないとダメ」などと何度も注意されている中国人男性もいたらしい。
13年半もの日本での生活
ようやくTさんとノイさんが取り調べを終えて出てきた。入管側の手続きに1時間くらいかかるらしい。その間、入管の中のコンビニで弁当を買って出頭申請の待合室で食べることにする。この時間は出頭申請も受け付けないので待合室は警備員と私たちしかいない。しーんと静まり返ったその部屋に3人の声が響く。警備員の視線も突き刺さる。
<家族について>
両親と(自分を入れて)6人兄弟。姉・兄・自分・弟・妹・弟と6人兄弟の3番目。日本に来る時働いていたのは私だけ。他の兄弟は皆学生だった。今は、姉は歯医者をしており、弟は畑仕事をしている。
<日本に来ることになったきっかけ>
バンコクの飲食店で出稼ぎで働いていた。月給2500バーツ(約7500円)だった。タイ人のお客さんに「日本で働きませんか。知ってる人紹介してあげますよ」と誘われた。タイの給料低いから「行く」と返事した。日本に来る手続きや住むところなど全部手配してくれた。日本にいつ行けるか分からなかったから家族に知らせていなかった。日本に来て1ヵ月経ってから家族に知らせた。
ホステスの仕事で借金があることも知らされていた。「日本に来たら350万返さなきゃいけない」と言われた。借金は3~5ヶ月で返せると言われていた。売春させられることは知らなかった。
<どのように来日したか>
短期滞在のビザで来た。夫婦に見せかけたタイ人女性と日本人男性(おそらく彼らもブローカー)と一緒に、2人の知り合いのふりをして入国した。手続きはほとんどこの日本人がやってくれたから特に何も聞かれないし、疑われなかった。空港から店へはまた別の人が連れて行った。パスポートは顔写真だけ自分のものだった(そう言いながら彼女はメモを見せる。偽りのパスポート名はKというらしい)。そのパスポートは取り上げられてしまった(「もしかしたら他の人に転売されて使われているかもしれない。本人は分からない」とTさんが説明する)。
<住居>
ボスが手配したアパートに住んだ。1部屋に12人で暮らした。全員タイ人女性で同じ店で働いていた。
<借金>
350万円に、アパート代月3万+食事代3万+服代など全ての経費が加算され、(最終的に)いくらかはっきり分からない。悪いボスは倍で返させたりするが、自分はそのまま返せば良かった。返すのに1年かかった。別のタイ人女性の知り合いで300万返したのにまた売られて借金という話を聞いたことはある。私のボスは割合良いボスだった。
<仕事>
――日本に来て何の仕事をしたのですか?
スナック。空港から店に連れて行かれた。東京から茨城に行った。そこは17人の従業員がいた。
――強要されたことはありますか?その店で。外に出るなとか。
ボスはそれほど厳しい人でなかったが、(日本に来て)どこも分からなかったので外に出なかった。借金もあったし。
――お客さんから嫌なことをされたことは?
お客さんがする訳ではなく借金返してほしいからボスが無理矢理同伴に行かせたりした。給料はもらえなかった。売春させられて全部取られた。
――ずっと同じ店にいたんですか?
あちこち。茨城県の**から別の店に移った。
<借金返済後の生活>
10年前は人手が足りなくて仕事がすぐに見つかった。借金を返済したらその店をやめて、布団屋で7年働いた。500~600枚布団詰める仕事で時給700円だった。長く勤めたら時給750円になり、夕方からは1000円だった。その後、団子屋で3年働いたが、そこはつぶれてしまった。時給600円だった。自分でアパートを借りて、日本人の彼氏と住んでいた。それから、今年(2004年)入院した。
ここでずっと気になっていた病気のことを聞いてみる。医師からの書類には「この病気は病状が激しいため、これ以上日本にいるとタイに帰れなくなります。今週中なら比較的安定しているから帰れます」と書いてある。去年(2003年)の7月か8月から体がだるく、今年(2004年)の8月頃に本格的に具合が悪くなったという。
「子宮ガンです」。その言葉と、今日目の当たりにしてきた、歩くのも困難な彼女の状態と、そのやせ細った体とが一気につながって頭を駆け巡る。あぁ、私は。彼女の様子が尋常でないと思いつつも、何と愚かな質問を用意していたのだろう。慌てて質問を呑みこむ。「タイに帰ったら何をしたいですか」「また日本に来たいと思いますか」。病気といっても治ればまたタイで働くことができるのだろうと軽く考えていた。しかし、今の彼女にこの質問をするのはあまりにも残酷のような気がする。それでも「次の質問は?」などと聞いてくれるのが余計につらい。病気について聞きたいことは沢山ある。手術もできなかったという。もしかしたら余命宣告されているかもしれない。そんな彼女に対して何て質問したら良いのだろう。何を言えば良いのだろうか私は。そんなことを考えている内に「バングラディッシュの~~さん。タイのノイさん」と呼び出される。気付けばもう1時間半近く経っていた。再び、ノイさんとTさんが奥の部屋に入っていく。
買春と売春と
混乱した頭を整理したい。彼女は日本に来る前にホステスの仕事であることも借金があることも知らされていた。3~5ヶ月で返せるとも言われていた。「承知して来ている……」。電話取材に応じてくれた入管職員のコメントを思い出す。
勝手な計算だが、350万の借金に生活費全般が上乗せされて最終的には1年で500万くらいになったとする。彼女が働いていた店のホステスの日給は5000円だったという。日給5000円で、例え毎日働いたとしても年間182万5000円だ。単純にホステスとしての仕事だけをしていたら返すのに3年近くかかる。「借金返してほしいからボスが無理矢理同伴に行かせた」と彼女も言っていたように、どうしても売春しなければいけなかったのだと思う。「売春1回で3万円が相場」だと、Tさんが言っていた。3~5ヶ月で返すには毎日1~2回は売春しないといけない。こんな説明を彼女がされていたとは思えない。「毎晩お客さんの隣に座ってお酒を注ぐだけで良い。借金は3~5ヶ月で返せる。2日も働けばバンコクの飲食店で働いていた時の月給(約7500円)を優に越える」。そんな風に誘われたのではないだろうか。そういえば、駅前で配っているポケットティッシュにもそんなことが書いてある。「数時間で1~2万円」だとか。それを見て、「お金ない時本気でやろうと思った」と言っている友人もいた。現に働いている子もいる。説明を聞いた時のノイさんもそんな日本人の女の子と同じような気持ちだったのではないか。
なぜか動悸がしていた。計算しながら自分で手が震えているのにも気付いた。その時は警備員に見張られて緊張しているせいだろうと思っていた。けれど、今考えると腹が立っていたのではないかと思う。自分で計算しておきながら毎日1~2回売春しなければいけないことを想像するとショックだった。(今計算してみると、1年で返済するなら週に2回売春させられたことになる。しかし、「前借金の返済中は女性たちに現金収入はなく、客からのチップを貯めて国の家族に送金する女性も少なくなかった。客が払う売春代金はショート(休憩)で2万~2万5000円、泊まりで3万~3万5000円が相場である。このうち5000円程度を経営者が取り、残りが『借金の返済』にあてられた」(京都YWCA・APT編『人身売買受入大国ニッポン』p56)というように1回3万とは限らない。また、家族に仕送りするためにもっと稼ごうとしたかもしれない。そうするとやはり、毎日だった可能性もある)。
そんな説明もされずに日本に連れて来られたというのに多くの日本人からは承知で来ているのだろうと思われる。挙句の果てには病気になって帰ろうとすると何時間も取り調べを受けさせられる。それでも彼女は日本に来たことを後悔していない。家族に自分でもいくらか分からない程の仕送りをし、家を建て、車を買い、兄弟を学校に出してあげたことを、むしろ誇りに思っている。じゃあ、だからと言って彼女が納得していればそれで良いのか。そんな状況に私は苛立ちを覚える。でも入管の対応や日本人の認識不足に苛立っているのではない。それもあるけど、私の苛立ちのマグマとなっている部分は、買春という風俗産業の市場の大きさである。売買春の是非を議論すればそれだけで2万字を優に超えてしまうだろう。個人攻撃や不毛な論争にもなりかねない。ここで離れてしまう男性読者がいても困る。でも、何度考えてもどうしても行き着いてしまう。
日本の市場の中で買春がなくならない限り、外国人女性の人身売買もなくならないと思う。需要がなければ、利益の得られないような商売からはブローカーも手を引くだろう。私の出会ったNGO関係者も「性の売買に対し、犯罪としての意識ない」「日本に大きな市場があるから女性を供給していくシステムがある」「根本的解決は需要をなくすこと」「女性の売春に厳しい割に男性の買春は容認している」などと指摘をする人は多かった。いくら金を払えば何でもできる時代であっても、そんなことまで売買しなくても良いのではないかと私は思う。でも、果たして世界最古の職業とされる売春をなくすことができるのか。商売人にとってはこんなおいしい商売はないのだろう。売春権を主張する女性だって沢山いる。「彼女たちだって被害者かもしれない。買う人がいなければ……」とアジアの女性と子供ネットワーク事務局長の山本さんは言う。
私が考えていることは不可能なことなのだろうか。馬鹿げていることなのだろうか。どうかそんなの馬鹿げていると思わずに。一度真剣に考えてみる価値はあると思う。倫理の問題だから、よく考えてみれば売買春ておかしいよねと言える社会には変えられると思う。売春ツアーに行っても上司に「私はやりません」と言える社会に。例えパートナーがそういうことをしても文句を言わないのが美徳とされていることにおかしいと思える社会に。Tさんにこんなことを言われたことがある。「あなたの家族がもし会社で売春ツアーに行ったり、風俗店に行ったりして、上司に『私はやりません』と断れる社会だと思う?今の日本が。出世に影響するでしょう」。自信を持って「はい」とは答えられなかった。以前、山本さんがこんなことを言っていた。「旦那が東南アジアに行くので、コンドームを持たせる奥さんが日本では評価されている」。そんなことが美徳と考えられているのはおかしい。しかし、私も他人事ではない。事実、こんなこと書いたら「何なのこの女」と思われるんじゃないかという不安を拭い切れてはいない。こういうことを大きな声で言うとフェミニストか何かと思われるらしい。
人身売買について調べている時「女性の人権について主張してるんでしょ」と言われたことがある。何だそれは。売買春に疑問を感じたり、人身売買を問題視することは「女性の人権」を「主張」することになるのだろうか。それではまるでこの問題が男性には分からないことが前提とされているみたいではないか。そんなこと言っていたらいつまで経っても男性がとっつきにくい問題で終わってしまう。この問題が女性の人権を声高に叫ぶ女の戯言という程度の認識で終わってしまうのは怖い。男女に関わらず、思考がそこでストップしてしまうのは避けたい。これは女性VS男性という問題ではないと思うから。
私自身、この問題に関心を抱いている男性は少ないだろうし、女性の共感を得るのは簡単だろうけど、男性の共感を得るのは難しいかもしれないと思いながらこれを書いているのは確かだ。以前、「こないだタイで3人の少女とたった300バーツ(約900円)で……」という広告メールが携帯電話に入ってきて、送信主を突き止めてやろうと思ったくらい腹が立ったことがあった。「安い」、「癒し」などという謳い文句が書かれた児童買春広告メールを始めとして大人の買春広告や行き過ぎた出会い系サイト広告も含めると1日に何百通も来る。それらは全部男性が書いているとしか思えないと思ったのも確かだ。
でも男性だって買春に違和感を持っている人もいるはず。人身売買について勉強している男の子をシンポジウムでも見たし、NGOの男性スタッフとも話をしたことがある。彼は女性の人権を擁護している訳でも何でもない。男の立場から考えたり、ジェンダーを意識したことはないと言っていた。私の意見とはちょっと違うけど、こんなことも言っていた。「買春をなくすのは不可能だろうね。なくならないならそういった人たち(セックスワーカー)の地位がもっと認められても良いと思う。(男女)どちらが悪いとかではなく、日本人一般の(アジアに対する)考え方も問題。そうやって生まれてきた(人身売買被害女性、あるいは売春ツアーで現地女性との間に生まれた)子どもたちに責任を果たしてほしいからこの問題に取り組んでいる」。そういう普通の感覚の男性が問題に取り組んでいるのが良い。「外国人のいる病院やレストランには行きたくない」などと言いながら、外国人ホステスを同伴して歩いている中年男性に腹が立ったことがあるので、こういう男性意見を聞けて嬉しかった。この問題に関心を持つ普通の人が増えていけば、ジェンダーの敷居が低くなれば、良いなと思う。
別れ
奥の部屋からノイさんとTさんが出てきた。30分しか経っていないけれど、もう随分と長い間そこで待ち続けていたような気がする。
タイ大使館の男性職員が迎えに来て、4人は重たい空気の流れる待合室を後にする。乾いた入管の対応とは相反して外はどしゃ降りの雨。容赦なく私たちに降りつける雨から逃げるようにして大使館の車に乗り込む。
これで良いのだろうか。窓に叩きつける雨を見ながら何度も考える。このままでは何も変わらない。今日入管の対応を目の前で見て強く感じた。あぁやっぱり入管の仕事はこれだなと。ただ人身売買を罰する法律を作ったからとて何が変わろうか。入管が被害者に対してできることは「在留特別許可を与えるか、強制退去させる」ことだ。新しい法律ができてもそれは変わらないと入管側も断言している。ならば何のために法律を作るのか。入管として、被害者が出てしまってからの対処ができないのであれば、出ないようにするところでもっと対策を練る必要があるのではないか。そうでなければ法律を作る意味がない。
その対策の1つに単純労働ビザを認めることがあると思う。単純労働の正規のビザが認められればブローカーを頼って不法に入国せずとも日本で働ける。借金を背負わされてホステスの仕事をさせられることもない。彼女たちは好き好んでホステスをしている訳ではないのだから。彼女だって借金返済後は布団屋と団子屋という仕事についている。今、東京に25万人いるとされている不法滞在者も単純労働ビザがあれば正規滞在になる可能性もある。入管側の不法滞在者を減らすという目的も達成する。不法が減れば、不法滞在者に不安を抱く人々も安心する。なぜ頑なに単純労働者を拒否するのだろう。それは入管が拒否しているのではない。私たちが受け入れる心の準備ができていなければ、単純労働ビザを認めてもまた新しい悲劇が生まれるだけかもしれない。もどかしい。
おそらくうつろな顔で考えていたんだと思う。彼女が「ごめんね」と私の顔をのぞきこむ。「何でですか」。「3人でタイ語で話しているからあなたを1人にしてしまった」。彼女は優しい。そんなことまで気遣ってくれる。朝から今まで何度も彼女に「ごめんね」と言われた。病気の彼女が1番つらいはずなのに、私が疲れていないかよく心配してくれた。
もやもやとした気持ちのまま目黒にあるタイ大使館に到着する。立派な建物。そこに入って行くのかと思ったら、横にある小さなプレハブの建物へ。中には机がぎっしり並べられ10数人の職員が働いている。どうやらここが事務所のようだ。奥の部屋でタイ人の精神科医と看護婦が出迎える。席につくと、いきなりタイ語でやりとりが始まる。タイ語なんて「サワディ カ(こんにちは)」と「カップン カ(ありがとう)」くらいしか知らない。面食らって間抜けな顔をしていたのだろう。途中、英語で自己紹介してくれたのでこちらもする。だが、再びタイ語でやりとり。そういう訳で何を言っているかはちっとも分からないが、病気について話しているのは確かだ。Tさんが「カウンセリングをしている」と教えてくれた。
1時間を越えるカウンセリングが終わると、ノイさんが私を見て言う。「今日はありがとう。私のために」。彼女の言葉は思いがけなかった。「私こそ話を聞かせてくれてありがとう(ございました)」最後まで声が出ない。彼女から得たものは沢山ある。自分は話を聞くばかりで彼女に対しては何もすることはできなかった。それでも申し訳なさそうにまっすぐこちらを見ている。彼女の手を握ったが、胸がいっぱいになって目を見ることができない。その手は握り締めたら折れてしまうのではないかと思うくらい細い。そして、冷たい。その冷え切った体とは裏腹に彼女の心の温かさは痛いほど伝わってくる。兄弟の学費のために少しでも多く稼ごうと日本に来た。借金を返すために売春もさせられた。その結果病気になったことも後悔していない。そしてこんな私にも感謝する。そんな優しさが。……なぜ彼女がこんな目に? いや、思いやりのある彼女だからこそこんな目に遭ったのではないか。
彼女を大使館のすぐ近くのホテルに送り届ける。一晩ここに泊まって明日タイへ出国する。被害女性はシェルターに泊まるのが普通だが、彼女の場合重い病気だから
投稿者 遊佐 : 2005年03月22日 10:37
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コメント
遊佐さん 先日錦糸町へ同行ご苦労様でした。
帰り、駅までいく途中でのメルの感想はどのように受け止められましたか?是非続きをここえ載せてください。philip
投稿者 philip sasaki : 2005年06月18日 14:18
遊佐さん
いろいろと勉強になりました。ありがとうございます。自分の周りのおっさん連中にもタイに行って若い子とやって来たとか、奥さんもあきらめて日本人は駄目だけどタイの子とする事なら認めてると言う人います。自分も外国人のかわいい子に8000円でどう?って声をかけられて一瞬迷ってしまった事がありますが、彼女達にも借金があるとかそう言う背景があると言う事を聞くと、何もしてあげれないけど何か手助けしてあげたいと言う気持ちになります。
PS
個人的にホステスがいるバーとか金の無駄だし興味ないから行きませんが、先日あるクラブでルーマニア人と知り合いになって、給料とか労働条件とか聞いてビックリしました。彼女はダンサーといいつつホステスしていて、月給は6万ぐらいで給料はビザが切れて帰る時にドルでまとめて支払われるらしく、住んでいる所も狭い部屋に6人で住んでいるそうです。しかも、先週友達だと思って食事に誘ったら同伴扱いされて1万払わされてしまいました。ほんと彼女たちは奴隷と一緒と言う気がします。労働条件が悪くても彼女達が売春とかさせられていない事を願います。
投稿者 m : 2005年08月02日 22:57
はじめまして。大変興味深く読ませて頂きました。
私は興行ビザで来日している外国人女性と結婚を考えているのですが、当然必要になってくるパスポートを彼女のプロダクションが保管していて、返還を希望してもなかなか応じません。この場合どのような対処法が有効なのでしょうか?又これは違法行為にあたるのでしょうか?
どなたか詳しい方ご意見をお聞かせ頂けたら幸いです。
投稿者 ジル : 2005年08月06日 23:12
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投稿者 Merideth : 2007年05月11日 17:40