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2007年05月16日

人間の鎖 復帰35年記念し嘉手納で 初めて包囲できず(Yahoo!News/毎日)

人間の鎖 復帰35年記念し嘉手納で 初めて包囲できず

手をつないだだけでは、平和は実現できない。
そのような当然の現実に帰った人が増えたのだと思います。
左翼はこのようなセレモニー的な運動を見直す時期にあるのではないでしょうか。

投稿者 赤木 : 2007年05月16日 05:53

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コメント

手をつないだだけでは平和は実現できないかもしれませんが、手をつなぐことは少なくとも参加した1万5千人の意思表明がそこにあるということです。沖縄の人口を考えれば、離島部を含めて90人にひとりが参加したということです(もちろん本土から来た人間もいるでしょうが)。東京なら都民だけ考えても13万余が手をつないだということになります。それよりマスコミが同じように包囲できなかったということを強調していることに違和感を覚えます。辺野古への掃海艇出動がほとんど報道されていないことも同様です。

投稿者 赤塚昌俊 : 2007年05月17日 00:42

手をつないだだけでは平和は実現できないかもしれませんが、手をつなぐことは少なくとも参加した1万5千人の意思表明がそこにあるということです。沖縄の人口を考えれば、離島部を含めて90人にひとりが参加したということです(もちろん本土から来た人間もいるでしょうが)。東京なら都民だけ考えても13万余が手をつないだということになります。それよりマスコミが同じように包囲できなかったということを強調していることに違和感を覚えます。辺野古への掃海艇出動がほとんど報道されていないことも同様です。

投稿者 赤塚昌俊 : 2007年05月17日 00:49

 しかし、マスコミが「包囲できなかった」ことばかりを報じるのも、それは「包囲できたこと」を報じることの裏側でしかないわけです。
 実際には包囲できたか、できないかではなくて、基地が存在することの地元や日本に対する不利益をアピールしなければならないはずです。
 そうした中で「人間の鎖」というイベントのありようは、「包囲」という抽象さしかアピールできていないように思います。
 そして、アピールの失敗が、基地不要論への無用の不信を生んでしまっているのが現状ではないでしょうか?

 たとえるなら、「北極の氷が解けたら、海面が上昇して、水没する地域が出てくる」という感情的な環境運動が、「氷が溶けて水になると、体積が減るはずだから、海面は上昇しない」という論理にあっさりと否定されてしまい、不信感を生んでしまうようなものです。
 そうしたことで、問題の本質から目をそらされてしまうなら、運動自体が目標に対して無益どころか、害になってしまいます。

 だからこそ、私は「セレモニー的な運動を見直す」べきだと思うのです。

投稿者 赤木智弘 : 2007年05月20日 06:54

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